168階段を歩いてのぼる

 翌朝、目覚めるともう昼近かった。

 ここはソウルではない。旅人らしい行動をしよう。そう思って最寄りの地下鉄チャガルチ駅から釜山駅に移動し、かつては戦争避難民が住んでいた駅西側の傾斜地を散歩する。

 写真を撮りながら坂道を登っていく。何年か前ならこんな住宅街をうろうろしていたら、いぶかしがられたものだ。だが、ここ数年、釜山西部のタルドンネ(避難民たちが仮住まいを造った山の斜面)、甘川文化村が観光地として集客に成功したため、釜山のいたるところにあるタルドンネがそれに続けとばかりにレトロ観光地として再開発されるようになった。私以外にもアマチュアカメラマンと思しき女性の姿がちらほら。

 住宅街を縫うように続く坂道を、軽く汗ばむくらい歩くと、「168トシラクッ」という懐古趣味的な弁当を出すカフェが現れる。ここで少し休憩したかったが、がまんして店の角を左折。突き当りには168段の長い階段が待ち構えている。

 

168階段ののぼり口。右手に小型モノレールの乗り場がある

 その名も168階段。これを登るのか……。昨日の酒が残っているアラフィフには過酷だ。だが、新設されたエスカレーター風の小型モノレールを使うのもしゃくにさわる。

 「ここは避難民たちが、故郷や離れ離れになった家族を思いながら登り降りしたところ」などと本で書いているからには、一度は自分の足で登らなければならないだろう。

 ふうふう言いながら、一段、また一段と足を持ち上げる。半分ほど登って後ろを振り返ると、眼下に釜山駅、遠くに釜山港大橋と周辺の島々のパノラマが広がる。じつに釜山らしい眺めだ。来てよかった。昨日の酒が完全に抜けた気がする。

 

168階段をのぼり切ったところにある山腹道路からの眺め