庶民の酒の成り立ちを探るのは、なかなかおもしろい。
たとえば日本のホッピーは今でこそ若者も飲むちょっとおしゃれな焼酎割飲料だが、かつては高価なビールの代用品だったと聞く。
また、韓国のマッコリは農夫が畑仕事の合間に飲んで昼寝し、体力を回復させるための酒だったという。
いずれも庶民の生活感たっぷりでグルメ志向とは無縁の生い立ちである。
では日本や韓国と比べると酒文化に多様性がないように見える台湾はどうだろう。
じつは台湾にも庶民の友と呼べる酒がある。酒? いや、ちょっと説明が難しい。

台湾の下町、あるいは第一次・第二次産業に従事している人が多い町の酒場には、「保力達加米酒」(パオリータ・ジャーミージョウ)と呼ばれる飲み物がある。あるといってもメニューに書かれていたり、壁に短冊が貼ってあったりすることはまずない。
「保力達加米酒」という長い名前を分解してみよう。「保力達」は薬局で売っている医薬品の名前。「加米酒」は米焼酎を加えたものという意味だ。
そう、「保力達」とは医薬品。簡単に言うと、高価だった日本の養命酒を真似て作ったアルコール入りの健康ドリンクである。味も養命酒に似ているが、保力達のほうが濃厚で、べたつく甘味が強く、ジャンキーである。
元々、産後の女性が滋養強壮のために1日3回30ccずつ飲むものだった。それがいつからか建設現場や港湾の労働者が疲労回復のために飲んだりするようになった。今ならユンケルやリポビタンDのようなポジションだろう。

その後、保力達は労働現場を飛び出して大衆酒場で飲まれるようになった。アルコールが10%も入っているのだからもちろん酔う。しかし、仕事終わりの男たちが酒として飲むにはちょっと甘ったるかった。そして、手っ取り早く酔うにはアルコールが足りなかった。
そこで酒場の男たちは米酒と呼ばれる焼酎を加えて口当たりをドライにし、アルコール度数もアップさせたのだ。これが大衆酒場の華「保力達加米酒」の生い立ちである。


以前、『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』(双葉文庫)という本を書くとき、製造元に酒文化と保力達の関係について取材を申し込んだことがあるのだが、丁重なお断りの返事をいただいた。そもそも医薬品なので薬局以外で売ってはいけないからだろう。たしかに保力達の瓶をそのまま冷蔵庫に並べている酒場は稀だ。店が保力達と焼酎を混ぜたものを別の瓶に入れて出したり、客が二者を自分で混ぜたりしている。


日本や韓国と比べると飲酒に淡白なイメージがある台湾だが、生産者の思惑とはまったく別のかたちで消費され、定着している酒があるのがおもしろい。
海外に行けなくなって2年。台湾の湿った空気の中で飲む、養命酒を3倍濃厚にしたようなあの味が懐かしくなる。
