文と写真・サラーム海上

 

■ワルシャワから特急列車で古都クラクフへ

 9月2日、ワルシャワは今にも雨が振りそうな曇り空で、気温も肌寒いくらいに冷え込んでいた。前日までの真夏の気候が一日でガラッと変わってしまった。ついに秋が始まったのだ。

 今日はワルシャワから電車で約3時間南下し、古都クラクフへ一泊二日の旅に出かける。クラクフではワルシャワ同様に台所ツアーに参加し、そして翌日はクラクフに伝わるユダヤ文化を見て回るのが目的だ。

 クラクフはポーランド建国以前から地域の中心都市として栄え、11世紀から17世紀初頭までポーランド王国の首都とされた。ヴァヴェル城を中心に町はヴィスワ川の両岸に広がり、河川交易により発展した。

 14世紀、カジミェシュ大王は産業促進のため積極的にユダヤ人を招聘し、ヴィスワ川の中洲に自身の名前を付けたカジミェシュ地区を設立し、ユダヤ人に自治都市として提供した。そのためクラクフはユダヤ人人口の多い町となった。

 18世紀後半のポーランド分割により、クラクフはオーストリア領とされた。ポーランドが再び独立国家に返り咲くのは約150年後の1918年まで待たねばならなかった。

 1993年のスティーブン・スピルバーグの映画『シンドラーのリスト』は、ドイツ人実業家オスカー・シンドラーがこの町の工場で働いていた1100人以上のユダヤ人をナチスドイツから救った実話を元にしている。またこの映画は実際にこの町で撮影されてもいる。

 

 午前9時45分、小見アンナさんに連れられ、ワルシャワ中央駅から特急に乗った。電車は静かに発車し、5分ほどでワルシャワ西駅に停車し、次は終点クラクフまでノンストップで2時間40分。東海道新幹線で言うと、東京、品川、その次は京都という感じか。

 いったんワルシャワを離れると、窓の外には緑の農地がどこまでも広がっていた。ワルシャワの標高は海抜100m、そこから約300kmも内陸に入ったクラクフは海抜200m。ポーランドは「平らな土地」という意味の国名に偽りない真っ平らな国なのだ。

 

ワルシャワからクラクフへと2時間50分で走る特急電車内

 12時20分、電車は15分遅れでクラクフ中央駅到着。現地ガイドのドミニカさんがプラットフォームで僕たちを迎えてくれた。ショッピングモールに直結した真新しい駅を出ると、外は雨が降っていた。ドミニカさんによると、その日は一日雨天とのことだ。

 ワルシャワのホテルから借りてきた傘をさして歩き出し、赤茶色の煉瓦の城壁をくぐって旧市街に入る。石畳の広い道の両側にはワルシャワと異なり、第二次世界大戦を無傷でくぐり抜けた町並みがそのまま残っている。

 旧市街のへそである中央市場広場に向かって道を進むと、通りに面した左手にその日宿泊する『Hotel Pod Różą(バラの下)』が見えてきた。宿にチェックインし、部屋に入ると、窓からは町のシンボルである聖マリア教会の尖塔が見える。荷物を置き、軽装でロビーに降りる。

 そこからはドミニカさんによるクラクフ一日観光&グルメツアーの始まりだ。さあ、今日も食べまくるぞ~!

 

秋雨のクラクフ旧市街