■敷地内を私服で自由に行き来する人々は……みんな受刑者だった!
かつてプンタ・デ・リエレス刑務所は、酷い心理的圧力や拷問などが日常的に行われていた女性政治犯専用の刑務所だった。ルシアは、13年間の獄中生活のうちの大部分をこの刑務所で過ごしたのだが、ここが今、どういう刑務所になっているのか。
事前に森さんから詳しいことは何も聞かされていなかった。
ゲートをくぐってすぐにある管理棟のような建物。その入り口で受付を済ませて館内に足を踏み入れる。刑務所に入るのは生まれて初めての経験で、私はかなりドキドキしていた。
狭い廊下の両脇にドアが並ぶ。私たちは、その一番奥に案内された。どうやら、元ゲリラの所長の部屋らしかった。
いったいどんな人物が迎えてくれるのだろうか。
いかにも人格者っぽくて、でも、腹に一物ありそうにも見える、制服を着た〝ザ・お役人〟みたいな人がプレジデントチェアにデンと構えているのではないか。
そんなことを思い、緊張しながら部屋に入ると、そこにいたのは、ボーダーのポロシャツを着た、髭面の眼光鋭い男性だった(プレジデントチェアに座ってもいませんでした……)。
「刑務所の所長」と言われるとピンと来ないのだけれど、ムヒカやルシアと同じように「革命家として体制と闘い、長い間、ヨーロッパで亡命生活を送っていた人」と言われると、腑に落ちるような雰囲気の人だった。

「刑務所の中を見学しますよね。案内させましょう」
ゲリラ時代のこと、ルシアやムヒカのことなどを聞いてひと息ついたとき、所長が言って、誰かを呼んだ。
やって来たのは、職員の女性で、いわゆる「刑務官」(ここの人たちは「警備員」という言い方をしていた)。しかし、ドキュメンタリー番組なんかで見る日本の刑務官とは違って、これまたカジュアルな雰囲気。一応、シャツとスラックスは制服のようだったが、〝いかにも制服〟には見えないラフな感じで、拳銃や棍棒のような武器も携帯していない。
ここでは、非武装の女性刑務官(警備員)によって治安部隊が構成されているのだという。つまり、所内を見回るのは彼女たちの役目。ちなみに、現在のプンタ・デ・リエレス刑務所は男性受刑者専用だ。
女性職員のあとに続いて管理棟を出ると、いきなり、視界が開ける。
目の前には、だだっ広〜い空間。ものすごく大きい校庭みたいな敷地があり、その向こう側にレンガ造りのような建物が見える。さしずめ〝校舎〟といったところか。
〝校庭〟の一角では何やら工事のような作業をしている人がいて、さらに目を向こうにやると、畑があって、そこには農作業をしている人がいる。その辺を普通に歩いている人もいたりなんかして、とにかく、広い敷地内には、あっちこっちに人がいるといった印象だった。


「今日は外部から人がやって来て、作業をする日か何かだろうか」
そんなことを漠然と思っていたら、案内をしてくれている女性が口を開き、それを森さんが通訳してくれる。
「ここにいる人たちはみんな受刑者です、って」
えっ!? どういうこと?
事情がよく飲み込めず、ポカンとしていたら、さらに女性が説明してくれて、なんとなく見えてきたのだけれど、ここは、私たちがイメージしている刑務所とは、どうも違っているようだった。
だいたい、誰も囚人服なんか着ていないし、ここでは、午後7時までは刑務所内を自由に歩き回ることが許されているらしい。多くは携帯電話を持ち、外の世界と連絡を取り合っているという。タブレットやパソコンの使用を許可されている人もいるということだ。
私たちが最初に目にした、工事のような作業も農作業も、私たちが一般的にイメージしている〝刑務所の作業〟には見えなかった。従事している人たちが私服だったこともあるかもしれないし、誰かが厳しく見張っているふうでもなかったからだろうか。
とにかく、ここでは、〝自由〟な雰囲気を感じ取ることができたのだ。
それもそのはずで、プンタ・デ・リエレス刑務所は、「できるだけ外の世界に似た日常を受刑者に提供する」という実験的な試みを成功させた、世界でも稀に見る〝開かれた自由な刑務所〟ということが、あとで判明した(森さーん、事前に教えておいてください〜)。