■ホセ・ムヒカとルシア・トポランスキーは今

 

——あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか。

 

 2019年、国連気候行動会議でスウェーデンの少女グレタちゃんが、怒りに満ちたスピーチをして、随分と話題になった(上記はその一説)。
 それを聴いて、ホセ・ムヒカのスピーチを思い出したのは私だけだろうか。

 

 2012年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連の「持続可能な開発会議」(リオ会議)。自然と調和した人間社会の発展や貧困問題が話し合われた、この席で、ムヒカは、現代の消費社会を赤裸々に批判したのだけれど、私はそれを思い出し、そして、「ムヒカとグレタちゃんの言っていることの根っこは同じだなぁ」と思ったのだった。

 今、ネットで検索してみると、「二人のスピーチが被る」的なことをブログに綴っている個人の方もいらっしゃるが、あのとき、そんなことを話題にしたメディアはあったのかなぁ……(もしあったら、ごめんなさい)。

 

 結局、何が言いたいかというと、「忘れ去られるのは早いよね……」ってことで。世の中、そんなものなのだろうけれど……。
 ムヒカはリオ会議でのスピーチで世界規模の有名人になり、そのスピーチは〝もっとも衝撃的なスピーチ〟と呼ばれるようになった。日本でもムヒカは、一躍〝ときの人〟になり、件のスピーチを知っている人も相当数いるはずなのだけれど、ねぇ……。
 諸行無常の響きあり、ですか。

 

 2020年10月、ムヒカは議員辞職を発表した。そのニュースは日本のメディアも取り上げたけれど、話題になったのは、ほんの一瞬だけだった。それから一年半。この間、日本で彼の話題を耳にすることはほとんどなかったように思う(そういえば、2021年、「魚の骨が喉に刺さって手術」というニュースはあったけど)。

 

「2人とももうご高齢ですから、大人しくされています」

 

 2月の終わり頃、モンテビデオでお世話になった通訳の森さんに久しぶりにメールで連絡を取り、ムヒカ夫妻の最近の動向を尋ねたら、こんな答えが返ってきた。

 

「今はウクライナ問題のニュースばかりで、ムヒカさんの記事を見つけるのが大変でした!」

 

 このエクスキューズのあとに貼り付けられていたURLを開くと、ウルグアイのニュースサイトのページで、そこには、白いシャツ、黒いマスク姿でポツンと一人、パイプ椅子に腰掛けるムヒカの姿があった。
 2月20日、ウルグアイの元労働相で、ムヒカ政権では内務大臣を務めたエドアルド・ボノミ氏が急死、国会で葬儀が行われたというが、それに参列したときの写真だった。
 ボノミ氏とムヒカはゲリラ時代に知り合った同志。記事によると、ムヒカはインタビューに答えて(ボノミ氏への思いを)「またね、パートナー」と言ったそうだが、写真のムヒカは実に淋しそうで、見ているこちらが切なくなってくるほどだった(そんなふうに見えるワンショットを使ったのだろうけれど)。

 

 2年前のムヒカに続いて、この3月1日、妻のルシアも国会議員を辞任した。
 なんかね、時代が終わったね……。
 そんな寂寥感があるけれど、「だが、しかし」と私は思い直す。
 世の中を変えようと、命を賭けて闘い、13年間の過酷な獄中生活を生き抜いた2人のことだ。首都郊外の農園でぼーっと隠居生活を送るわけがない。
 国会議員を退いても、二人はずっと政治家だ。少なくとも今のところ、夫妻が属する政党「MPP(Movimiento de Participación Popular=コードナンバー609)」の議長はルシア、そして、リーダーはムヒカなのである。
 きっと二人は、死ぬまで、「祖国をよくするためには——」なんてことを議論しているんじゃないだろうか。

 

「パンデミックが私を追い出した」

 

 ムヒカが国会議員を辞めて第一線から退くことを決めたとき、彼は、こんな言葉を口にしている。当時のウルグアイの新聞記事にも「コロナウイルスのパンデミックは、自己免疫疾患に苦しむ85歳の元大統領の決定を引き起こした」と書かれているし、のちのインタビューでも、彼自身、「免疫系の病気のためにワクチンも打てない」と語っている。要するに、コロナが怖かったんだろうなぁ。
 そういうわけで、いろいろな意味で、憎むべき新型コロナ。1日も早い収束を願わずにはいられない。
 そして、その暁には、私たち(と勝手に言っていますが、編集Iさん、大丈夫ですよね?)「ホセ・ムヒカ突撃3rd」に挑みたいと思う。
 次に突撃したときには、ムヒカの家の庭の木陰に置かれた大きなテーブルで夫妻と向き合って、ワイングラスを傾けたい。もちろんグラスの中身はタナ種の赤ワイン! 今度こそ、ムヒカ主催のアサードパーティ潜入も果たさなくては。
 どうぞ、それまでおふたりともお元気で。

 

 

 


——人生ではいろいろなことで何千回と転びます。

愛で転び、仕事で転び、いま考えているその冒険でも転び、実現させようとしている夢でも転びます。

でも、千と一回立ち上がり、一からやり直す力が、あなたにはあります。

 

 大統領時代のムヒカの、南米諸国連合会議でのスピーチの一説。彼の数々の名言の中で、私がもっとも好きな言葉である。

 

 ムヒカはまた、政界の一線から退く際にも同じような言葉を残している。

 俯けた顔を少しだけ上に向けられる。

 ちょっとだけ元気をもらえる。

 そんな言葉。

 今、いろいろな意味で、世界が大変なことになっている。

 誰かにとって、こうしたムヒカの言葉が、ほんのわずかでも希望になれば。

 

 

——人生で成功することは、勝つことではなく、

倒れるたびに立ち上がってやり直すことです。

—— 完 ——

 

世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカ 日本人へ贈る言葉
世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカ 日本人へ贈る言葉

2015年7月に発売し、ベストセラーとなった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』に続く第2弾。
今や、その生き方や言葉は人類の財産になろうとしているウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカ氏。今春、日本を訪れたムヒカ氏は日本でもさらに注目されましたが、本書は、ウルグアイでのムヒカ氏本人への単独取材も含め、現在の日本人の心に響く名言を集めたものです。

信念の女、ルシア・トポランスキー ホセ・ムヒカ夫人 激動の人生
信念の女、ルシア・トポランスキー ホセ・ムヒカ夫人 激動の人生

“世界でもっとも貧しい大統領"ウルグアイ第40代大統領ホセ・ムヒカ。その妻は、国会議員のルシア・トポランスキー。ムヒカに寄り添い、いつも穏やかな微笑みを浮かべる彼女だが、かつてはゲリラ戦士だった。裕福な家庭の娘として育った美少女が、なぜ革命家になり、どう今に至るのか。信念の女性ールシアの波乱万丈な人生を追った一冊!

世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉
世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉

退任したホセ・ムヒカ前ウルグアイ大統領が、2012年のリオ会議での感動的なスピーチを中心に「世界一貧しい大統領」として日本でもブームとなっています。本書は、冒頭にそのスピーチ全文を掲載。そして彼の他の演説やインタビューの中から名言をピックアップして、
ホセ・ムヒカ氏の人となりと思想、生き方をわかりやすく解説します。


ウルグアイはブラジルとアルゼンチンに挟まれた小国(面積は日本の約半分)。首都モンテビデオからアルゼンチンの首都ブエノスアイレスまでは飛行機で1時間弱の近さだが、両都市を挟むラ・プラタ河をフェリーで行く方法もあり、高速艇なら3時間ほどで行くことができる。