たった2部屋の宿から始まった村の大復活劇

 ゆっくり歩いても20分足らずで一周できてしまう小さな集落にある二つのアルベルゴ・ディフーゾは、どちらも一年を通して宿泊客が絶えないという。その秘密は一体どこにあるのか? 私は若い二人のオーナーに話を聞いてみることにした。ロカンダ・アルフィエーリのマヌエラさんと、レジデンツァ・スヴェーヴァのオーナー・ファブリッツィオ氏は、忙しい仕事の間をぬってインタビューに応じてくれた。なぜADを始めようと思ったのかと尋ねると、意外な答えが返ってきた。

 「最初は宿を運営するつもりなんてなかった。ここは自分と家族で住むために買った家なんです。ボルゴにはもともと漁師達が住んでいた空き家がたくさんあって、どこも損傷が激しいから安く買えたの。だから、大きな家を修理して家族で住もうと思ったのよ」と語るのはマヌエラさん。快適に暮らすため改装を頼んだ建築家に、「どうせなら上の階も買い取ってB&Bを始めたら?」とアドバイスされたのがきっかけとなり、2部屋だけのB&Bをスタートさせたのが2004年のこと。

 一方、ファブリッツィオ氏もほぼ同時期に、ボルゴの古い館を格安で買い取って夏のバカンス客向けの短期貸しのアパートでもやってみようか、と動き出していた。どんな宿ならお客さんが来るだろうかとイタリア各地を旅しながら構想を練っていた時、トスカーナの片田舎でADに出会った。そのアイデアに惹かれたファブリッツィオ氏は貸しアパートの案を捨て、当時、日に日に進んでいたボルゴの老朽化・過疎化を食い止めるためテルモリ市が提供していたプロジェクトの融資を受けて一軒の館を買い取った。マヌエラさんのロカンダから一年後の2005年、レセプションと朝食用のホールを備えた7部屋のADをファブリッツィオ氏もオープンする。そして、マヌエラさんと二人で協力しながらテルモリのボルゴで「アルベルゴ・ディフーゾ」を始め、徐々に拡大して行った。

 「ADの素晴らしいところは、全てが持続可能である、というところ。館も町並みも、全てもともとそこにあったものを再利用するというのが原則です。私達は、廃れていた漁師の家を格安で買い取り、滞在客が何不自由なく、しかも快適に過ごせる空間と設備を取り入れて改装したの。駅前の味気ない高層ホテルより、第二の我が家と思えるような居心地の良い宿を作れば、お客さんは何度でも戻ってきてくれます」。マヌエラさんの言葉に相槌を打ちながら、ファブリッツィオ氏もこう語る。「僕達はそれぞれ自分達独自のスタイルで宿を運営していて、経営もそれぞれ独立している。僕とマヌエラは、同じ方法で経営している訳じゃないんです。にも関わらず、2つのADは全く競合しない。それどころか、相乗効果でどんどん大きくなっていってるんです」。

 

テルモリ・ボルゴでADを経営する二人のオーナー『Residenza Sveva/レジデンツァ・スヴェーヴァ』のファブリッツィオ氏(左)と『Locanda Alfieri/ロカンダ・アルフィエーリ』のマヌエラさん(右)

 二人が語る「持続可能な経済」というものを簡単に説明してみよう。

 まず最初に、ボルゴにあった古い空き家を格安で買い取って修復し、居心地の良い宿を作った。リピーターが増え、経営が黒字になると、さらに別の空き家を買い取って新たな部屋を作り、黒字がさらに増えるとまた別の空き家を買い取って部屋を作る。こうやってADが増えるにつれ、ボルゴには空き家が減り、人の流れができた。さらに客室が増えていくにつれ、ボルゴの中に雇用が生まれた。ベビーシッターを雇うお金がなく仕事に行けなかった主婦たちも、客室の清掃や宿の運営スタッフとして家から徒歩2分の場所に仕事を見つけることができた。子育てや高齢の両親の世話をしながら無理せず収入を得られるため、ボルゴに住み続けようという人が増えてきた。新市街に近代的な家を買ってボルゴを出ていった人達や、仕事を探しに街を出て行こうとしていた若者達も、ボルゴの価値を見直すようになる。その上、ADの成功で人を呼べることを知った住民がB&Bを始めたり、老朽化した家を見捨てずに綺麗に修復したりするようになり、ボルゴの美観も向上した。また、宿泊客が来るのなら食事なども必要になるだろうと、レストランやバール、地元の工芸品を売る陶器店なども開き始めた。そうこうするうちにボルゴの土地価格が上がりはじめ、15年前まではタダ同然の価値しかなかった古い家も販売価格が上がっていった。この成功は市や州など役所の目にも止まり、うち廃れていたボルゴの道や広場、遊歩道や港の整備に多くの税金を費やすようになった。こうやって、2つのADから集落全体、果ては港やビーチまで整備が行き届くようになり、一人一人の住民も豊かになり、それによってさらに外からの客が集まってくる、と言う大きなプラスの渦巻き効果が生まれたのだそうだ。

 現在、マヌエラさんが経営するロカンダ・アルフィエーリは自身が所有する3つの館と2つの賃貸アパートを借り上げた35室、ファブリッツィオ氏のレジデンツァ・スヴェーヴァは所有する5つの館に21室の部屋を持ち、さらに今夏に向けて2部屋の修復工事を行なっていると言う。たった2部屋のB&Bから始まったADは、たった15年足らずの間に集落そのものを立て直し、住民の暮らしを豊かにし、今なお、さらなる拡大を続けている。

 



ロカンダ・アルフィエーリはボルゴの中の3つの館と2つの賃貸アパートに35室の客室を持つ。自身の所有である館は同じ色の外壁で統一し、分散していても同じ宿だと言うことがわかるようにしている(上)。一方、賃貸アパートの一室である客室は、外壁は異なるが同一のスタイルの表示によってロカンダの部屋であることを明確にしている(下)。


レジデンツァ・スヴェーヴァはボルゴ内に点在する5つの館を所有している。村の中心である大聖堂前の広場にレセプションと朝食用のサロンを備えた館がある(上)。村の通りのあちこちに点在する客室は、入り口のロゴと同一スタイルの装飾によって一般住宅と区別できるようになっている(下)。