「歌手の長渕剛様による献歌です」

 司会者がこう告げると、石巻南浜津波復興祈念公園で行なわれていた慰霊式典の会場が俄かにざわついた。

 会場内に設置されたまっ白なステージに長渕さんが上り、式典に出席していた遺族代表や来賓者の前で「ひとつ」と「愛(いと)おしき死者たちよ」を熱唱する。そして、「亡くなった犠牲者の方々、石巻の海に眠る魂たち、想像を絶する無念の涙を抱きしめ、希望の道を指し示してくださったご遺族の方々に弔いの意味を込めてこの歌を贈ります」と語りかけ、もう1曲、「REBORN(リボーン)」を力強く歌い上げた。いずれも長渕さんが震災後に制作した曲だ。震災後、復興支援で各地を訪問していた長渕さんは、石巻市内でも歌を披露しており、斎藤正美市長が参加を依頼して実現したという。

 

式典会場の特設ステージで熱唱する長渕さん

3年ぶりの石巻

 石巻を訪れるのは3年ぶりだった。新幹線で仙台に着くと、新作駅弁「みやぎ三陸 黄金海道」(こばやし)を購入した。宮城県北東部の太平洋沿岸は「黄金海道」と呼ばれていたそうで、駅弁のパッケージには奥州藤原氏四代の平泉黄金文化を支えた金の産地がこのエリアに散在していたことが由来だと書かれている。これから向かう石巻名産のかき、穴子をはじめ、気仙沼のサンマ、南三陸の鮭、女川の笹かまぼこが入った海鮮のお弁当は、三陸の美味が贅沢に盛り込まれた逸品だ。あっという間に完食してしまった。

 

 仙台から石巻まではJRの仙石東北ラインで約1時間だ。東北本線と仙石線を直通運転する仙石東北ラインは沿線自治体から長年要望があったが、東北本線(交流)と仙石線(直流)の電化方式の違いがあることと、建設費用面での折り合いがつかずに計画が宙に浮いていた。しかし東日本大震災発生後、ハイブリッド気動車という新技術が育ったことと、甚大な被害を受けた沿線自治体の震災復興を目的として、悲願は実現するに至った。車窓からの景色は3年前に比べると山側に少し緑が増えた印象だが、海の方を眺めると巨大な防潮堤が存在感を放つ。列車は野蒜に停車する。宮城オルレ奥松島コースの玄関口だ。3年前にこのコースを3回歩いたことを思い出した。

 野蒜を出ると、ほどなくして石巻に到着した。駅前にあるピンク色の市役所も懐かしい。石巻駅前からタクシーに乗り、南浜の復興祈念公園を目指す。

仮面ライダーの像が建つ石巻市役所。ショッピングセンターも併設されている

 11年前の平成23(2011)年3月11日14時46分に発生した東日本大震災は最大深度7の強い揺れに加え、その後に発生した津波により、広域にわたる甚大な被害が発生した。南浜は国内最大の被災市町村である石巻市の中でも特に甚大な被害を受けた地域だ。「がんばろう!石巻」の看板や、石巻市震災遺構として保存が決まった旧門脇小学校もこの地区にある。亡くられた方々を追悼する場所、そして震災の記憶と教訓を後世に伝承し復興への強い意志を示すことを目的として、石巻南浜津波復興祈念公園が整備された。

 

犠牲者の名前が刻まれた市慰霊碑。献花には内閣総理大臣の名前も

式辞を述べる斎藤市長

 令和4(2022)年3月11日。石巻市の追悼式には遺族代表や来賓ら約80人が出席し、石巻南浜津波復興祈念公園内の市慰霊碑前で開かれていた。14時46分、防災行政無線のサイレンに合わせて黙とうが行なわれる。斎藤正美市長は式辞で「震災の経験と教訓を後世に伝え、絶対に風化させることなく次の世代へと伝承していくことが私たちの責務だ」と述べた。長渕さんの献歌が行なわれたのはその直後だった。 

 

「愛(いと)おしき死者たちよ」を演奏する長渕さん