なんでも美味しく食べる人間である。
誰が言ったか「世界三大悪臭料理」のひとつとされるエイもしょっちゅう食べるし、東京は上野のガード下では魚醤に漬けた魚の干物(くさや)もいただいた。
そんな私だが、一度だけ食べ物を前にしてギブアップしてしまったことがある。外国ではない。不覚にも我が国で、である。

■目を見てしまった……
あれは2007年、全羅北道の金堤という田舎町の大衆酒場でのこと。
日本家屋の土間の部分にカウンターがあるだけの素朴な店だったが、早朝から畑仕事をしてきたおじさんたちが集い、陽の高いうちから盛り上がっていた。
私はソウルから、編集者(兼撮影者)は日本から来たので、
「遠くからよく来たねえ」
という女将や常連たちの歓迎の言葉を皮切りに、質問攻めになり、何度もマッコリを乾した。
昔ながらの大衆酒場には、決まったつまみのメニューなどない場合が多い。肉料理など高価なものを除き、酒を頼めば女将があり合わせの食材で適当に作ってくれるのだ。基本的に無料である。
この日も女将がカウンターを穿ったコンロの上で肉を焼き始めた。常連の一人が私に言う。
「これは並の肉じゃないよ。女将の人脈があるから手に入るんだ」
「もしかして山羊ですか?」
「馬肉でしょう」
編集者は日本人らしく、すぐに言い当てた。
韓国では馬肉食は一般的ではない。日本人が犬食に抵抗があるように、韓国人は馬食に抵抗がある。済州など一部の地域で食べられているが、済州以外でお目にかかるのは初めてだった。


太刀魚の塩辛を挟み、次に出てきたのが卵だった。サロンというらしい。
「サロン?」
茹で卵などの加熱した卵のことはふつうクウンケランと言うのだが、サロンは初耳だ。
「オモ!」
殻を割って思わず声が出た。「オモ」とは女性が使う感嘆詞だ。
サロンとは別名「補身鶏卵(ポシンケラン)」。孵化しなかった鶏卵を茹でたものだ。殻の中はすでにヒヨコの形になっている。け、毛も生えている。
鳥肌が立った。
「世に出られなかった運の悪い子たちさ。食べてあげなきゃ気の毒よ」
そう言いながら女将はサロンを慈しむように殻をむき始めた。


「くちばしや爪はちょっと固くて食べにくいけど、香ばしくて美味しいです」
編集者もすでにひとつ平らげて私にすすめる。食べ物に関しては好奇心旺盛な私だが、さすがにこれは……。小さなヒヨコの目を見たら、やはり手を出すことはできなかった。
サロンという名前の由来は、その場の誰も知らなかった。後で調べてみると「死籠卵(サロンラン)」という言葉から来ているという。
ベトナムでは孵化寸前のアヒルの卵を食べたり、田んぼに住む小さなネズミを食べたりするそうだ。どこの国にも牛や豚が食べられない貧しい時代があり、貴重な蛋白源として小さな命を食べてきた歴史がある。
韓国の田舎に行けば、またサロンに合えるだろうか。今度こそはありがたくいただこうと思う。