3月15日 [TUE]  

 昼過ぎまで雑用をいろいろ片づける。仕事的に一段落ついた感があるので、昼過ぎにぶらぶら散歩がてらジュンク堂書店に寄り雑誌『coyote』と太めのボールペンを買いもとめる。右手の軽い麻痺(小脳出血の後遺症)できたない字がよけいにきたなくなっていたのだが、ある人から胴体の太いペンを試したらいいよとのアドバイスを受けた。森本店長としばしゆんたく。そのまま一階のカフェで買ったばかりの『coyote』の沖縄特集をめくる。森本店長とゆんたくしていたら、写真家の垂見健吾さんと久々にばったり。3人でいろいろゆんたく。

 そのあと一人でむつみ橋のスタバに入って雑用をこなしていたら、漫画家でアクティビストの山本夜羽音(洋一郎)さんの訃報を知る。思い起こせば、彼が札幌の高校生の頃、保坂展人さん(現・世田谷区長)とぼくの二人を学園祭か何かに招いてくれたのだった。ぼくは高校3年のときに『オイこら!学校』(1984)という青臭い告発本を仲間と出したのだが、その前後数年はそれなりにハデに活動していた。いまでいうところの「ブラック校則」─当時は「管理主義教育」と言っていたが─そういったものを告発する社会運動をやっていたのだ。保坂さんは内申書裁判の原告として東京をベースに長年にわたって活動していたし、ぼくは名古屋市で高校生時代から「反管理教育運動」の旗を掲げて、高校生活動家みたいなことをいっちょまえにやっていた。本を出したあとは数年で諸事情から「若者運動」は分解してしまい、東京に出てからは東京の保坂さんの事務所(若衆処のようなところで、青生舎という名前だった)に出入りするようになっていた。高校2年ぐらいから保坂さんとは知り合っていたが、出版直後は高校生だけで数百人を集めて、「愛知の管理教育」に抗議する集会を開いたこともある。名古屋と東京の二重生活をしていた。保坂さんの事務所には学校や社会からはみ出したクセの強すぎる連中が集まっていた。そのあたりはいまは「ファシスト」を名乗る外山恒一さん(彼も九州から東京に出て来ていた)『改訂版 全共闘以後』(2018)に詳しい。ぼくのこともたくさん書かれていることは、出版されたあとに読んで知った。

 洋一郎さんの案内で市内の中心部を3人で歩き、焼きトウモロコシにかぶりついた記憶がある。彼も高校を卒業したあと東京に出てきていろいろな活動を始めることになるのだがその頃から、漫画を描いていたように思う。いつも大きなショルダーバックを両肩にかけていた。資料や本でぱんぱんにふくらんでいた。ぼくはその頃はよく会っていたがだんだん自然に疎遠になり、彼が漫画を描き続け『マルクスガール』という本を出していることも、「夜羽音」を名乗っていることも、かろうじてSNSだけでつながっている状況のなかで知った。50歳をすぎて、きつい肉体労働をしながら漫画を描いていた生活がときどきわかった。新型コロナに感染して重症化、入院している様もわかった。しかし治療がうまくいき、笑顔でビールを飲んでいる様も投稿で見た。が、それが最後になった。退院後も体調が思わしくないことはその投稿からもわかったのだが、散歩中に倒れたらしい。冥福を祈るしかない。洋一郎、いつかそっちで会えたらいいな。

 牧志の「K-MERT」という昼間から酒が飲めるバルで、放送作家のキャンヒロユキさんと不動産コーディネイターの増田悟郎さんと合流しビールを飲み、いつものセンベロ寿司「米仙」に開店と同時に入る。生命保険コーディネイターの高光優海さんも合流してきた。キャンさんと高光さんとぼくが帰る方向が同じだったので、泊の「串豚」でかるく一杯やって、コンビニに寄って帰還。

 

3月16日 [WED] 

 朝早く覚醒してしまう。昼前まで雑務をして、昼前にモノレール県庁前駅で、京都から日帰りでやってきた作家の仲村清司さんと合流。ぼくが時間をまちがえたらしく一時間ちかく待つ。久茂地の立ち食い蕎麦「永當蕎麦」。県庁地下の喫茶店でゆんたくし、近くの立憲民主党事務所へ。元衆議院議員の辻元清美さんのユーチューブチャンネル「清美ちゃんねる」に仲村さんと、琉球大学の島袋純さんと鼎談するのを、ぼくは部屋の片隅で見学させてもらう。いま話題の『つながる沖縄近現代史』の著者の一人・古波蔵契さんと、フリーライターの篠田恵さん、立憲の選挙スタッフの秋本雅人さんらと一緒に拝聴。島袋先生とは数年ぶり、清美さんとは最後にあったのがたしかピースボートの平壌クルーズに「水先案内人」と称したゲストとして乗船させてもらって、平壌のホテルで朝飯をいっしょに食べたのが最後だから20数年ぶりの邂逅。彼女とは互いに十代の頃から知っている。仲村さんもかなり前に会ったことがあるみたいで、番組が始まるまでなんか同窓会みたいなかんじ。終了後、ぼくは仲村さんを空港まで送り、フライトの時間までビールを飲む。帰りに「一幸舎」でラーメンをすすって帰る。

 

3月17日 [THU] 

 起きて洗濯。那覇空港へ向かう準備をする。早めに着いてブタキムチ弁当400円。論争ノンフィクョンシリーズから5月に出す要諦の『沖縄の街で暮らしておそわったたくさんのことがら━━「内地」との二拠点生活日記』の再稿のアカ入れをひたすら。かなり加筆したのでけっこうな束になりそう。

 

沖縄にも暮らす二拠点生活の日記 vol.25】

*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/seijifujii1965)でご覧いただけます。

*次回もお楽しみに!