忘れられないシーフードの名店との出会い

  昼食後にたっぷり太陽を浴びながら歩き、宿に帰って夕食までの間に遅い昼寝を楽しむ。シーズンオフのこの時期、ボルゴではイベントなどは何も無い。店も開くかどうかは店主の気分次第なので、待っていても仕方がない。夕飯の店が心配だったが、これは3軒開いている店の1軒に予約を入れてもらったので、食いっぱぐれる恐怖からも解放された。ボルゴの通りには人っ子一人見当たらず、穏やかな午後の静寂に包まれている。窓を開けると、太陽で温められた柔らかな潮風が部屋の中に満ちてくる。ああ、なんて心地いいんだろう。にんまりしながら目を閉じ、ベッドに体を投げ出した。食べて歩いて、疲れたから寝る。時間も用事も一切気にせず、好きな時に好きなことができる贅沢を噛みしめる。こんなに満ち足りた気持ちになったのは何年ぶりだろうか。

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夕暮れのボルゴを歩く。ピンク色に染まった水平線の美しさに息を飲んだ

 

 夕食の予約をした「オステリア・デントロ・レ・ムーラ」はボルゴのシンボル・スヴェーヴォ城のすぐ近くにあった。20席ほどしかない小さな店だ。笑顔で迎えてくれたシェフの案内でテーブルに着き、この土地の郷土料理が食べたいと言うと、「メニューは全部郷土料理です。魚介類は水揚げされたばかりの新鮮なものしか使いません。目の前の海で獲れたものだけ。冷凍物なんて一切使用しないから安心ですよ」と言われた。これは期待できそうだ。シェフと相談した結果、パスタは手打ちのフジッリの「ペスカトリーチェ」、メインにイカの詰め物の煮込み「セッピア・リピエーナ」を注文。オープンキッチンで働くシェフを眺めながら、皿が運ばれてくるのを待つ。

 「さぁ、どうぞ!」と差し出された皿を見て驚いた。大きな魚が丸ごと1匹、その上にたっぷりのトマトソースで絡めた手打ちのフジッリがテンコ盛りされている。「この魚は何?」と訊ねると、ウエイターのお兄ちゃんはきょとんとした顔をして、「ペスカトリーチェですよ。アドリア海の名物の魚です」と教えてくれた。メニューを読んで「ペスカトーレ(漁師風)」のパスタと勘違いしていたのだが、「ペスカトリーチェ」は魚の名前で、アンコウの一種であることがわかった。 

 ナイフとフォークで魚をほぐすと、真っ白な身が現れた。この身をトマトソースで絡めてパスタと一緒に口に入れる。グロテスクな外見とは裏腹に、白身の魚は淡白で繊細な味わい。ふわっふわの白身は口に入れると蕩けそうなほど柔らかく、ほんのりと甘い。アルデンテのパスタと魚のダシが効いたトマトソースが邪魔になるかと思いきや、これが見事なコントラストを醸し出し、なんとも表現しがたい美味しさである。この皿一つで、店の実力は十分に理解できる。セコンドのイカの詰め物もパスタに負けず劣らずのクオリティで、私は嬉しい驚きとともに味わった。この味は絶対に忘れられないだろうな、と密かに感動していたら、私の後ろの壁に『イタリアの”忘れられない10のオステリア”』という新聞記事が掛けてあり、イタリア全土の名店の中から選ばれた1店としてこの店が紹介されていた。この味を「忘れられない」と思ったのは私だけではないようだ。

 

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漁や海を思わせるアイテムで装飾された『Osteria Dentro Le Mura』の小さな店内(上)。私がペスカトーレと勘違いした絶品郷土料理『Fusilli con Pescatrice(ペスカトリーチェのフジッリ)』(中上)。『Seppia Ripiena』はミンチにしたイカゲソをパンとチーズ、ハーブであえてお団子にし、イカの中に詰め直してトマトソースの中で3時間以上煮込んだもの。イカの柔らかさと舌触り、濃厚なソースは感動ものの美味しさ(中下)。オーナーシェフのアントニオ氏を挟んで、左がソムリエのアラン君、右がアシスタントのアントニオ君(下)