未知の国ルーマニア滞在記。第2回はトランシルヴァニア地方のさまざまな都市の顔をご紹介しよう。

 

1・トゥルグ・ムレシュ

 滞在先があるトゥルナヴェニの街はだだっ広いルーマニアの大地のほぼ中央に位置していた。町には鉄道の駅やバスターミナルもあったが、トゥルナヴェニ自体は観光地ではなく、しかもシーズンオフの時期で便が少ないとあって周辺の街を公共交通機関で移動するのは至難の技だった。幸い招待してくれたルーマニア人一家が車を出してあちこち案内してくれたので、観光とは若干異なる視点からトランシルヴァニア地方の街の素顔を知ることができた。

 ルーマニアに着いて最初に訪れたのは、トゥルグ・ムレシュという街。ムレシュ県の県都がある大きな街は、第二次大戦後のルーマニア共産主義政権時にハンガリー人自治県の中心地だったのだそうだ。その名残があってか、現在でもトゥルグ・ムレシュにはハンガリー色が色濃く残っている。住民も約半数はハンガリー人で、建物や食文化にもその影響が見られる。

 きれいに舗装された大通りに沿って、緑の木々が植えられた広々とした遊歩道が伸びている。日光浴を楽しみながらのんびり歩く老夫婦や小さな子ども連れの家族があふれる広場は平和そのものの光景が広がっている。しかし、広場の中央に置かれた青年の銅像について尋ねた時、第二次世界大戦時とその後の共産主義政権時にこの街が工業・経済の中心的な拠点として住民が苦難を強いられたことを知った。さらに、1990年に共産主義政権を倒したルーマニア革命では、ここトゥルグ・ムレシュの街は対立するハンガリー人とルーマニア人の激しい暴力抗争の舞台だったのだそうだ。案内してくれたルーマニア人夫妻はチャウシェスク政権下で生まれ育った世代で、ほとんど同世代でありながら、平和な時代の日本で生まれ育った私とはまるっきり違う人生を彼らが歩んできたことに思い至った。

 



たくさんの車が行き交うトゥルグ・ムレシュの中心ピアツァ・トランダフィリロル(上)。2つの大通りの中央部は遊歩道と広場になっている。ベンチで日向ぼっこやお喋りを楽しむ人々で賑わっていた(下)





「ルーマニア (Romania) 」の国名は「ローマ人の国」を意味する。ムレシュ県庁舎の正面にもローマのシンボルである狼と双子の像が鎮座していた(上)。1913年に完成したアール・ヌーヴォー様式の「文化宮殿」はこの街の貴重な文化遺産。内部はコンサートホールや劇場として利用されていて、室内装飾も必見!と言われたが、残念ながら2月は公開時間が短く見学できなかった(中)。ピアツァ・トランダフィリロルの両脇には優雅で美しい歴史的建築物が並んでいる(下)