地下に埋れた千年前の街角

 翌朝は、世界中の著名人ゲストが残した手書きのメッセージを読みながらダイニングルームへ。スポレートのドゥオーモと下方に広がる旧市街の景色が一望できる素晴らしいロケーションである。大きな窓から差し込む朝日に癒されつつ、優雅な物腰のマダムのサーヴィスで朝ごはんを堪能していると、例の紳士がゲストに声をかけつつダイニングルームを行き来する姿が目についた。

 「ブオンジョルノ」と声をかけると、紳士はにっこり笑顔を返しつつ、「お部屋は気に入りましたか? 昨夜、通りがうるさくなかったですか?」と聞いてきた。「とても快適ですよ!」と答えたのを機に、この館について根掘り葉掘り質問してみることにした。

 「この館は歴史ある建物なの? どんな人が住んでいたんですか? 今は誰が所有しているの?」私の矢継ぎ早の質問を辛抱強く聞いてから、紳士は穏やかに話し出した。

 「この館は1500年代初めにドラゴーニという一族が建てたものです。ドラゴーニ家の末裔はもういないので、私が投資して25年ほど前に宿泊施設として開業しました」
なんと、紳士はこの館の現オーナーであった。

 紳士の名前はロベルトさん、朝食をサーヴしてくれた優雅なマダムは彼の奥さんであることがわかった。二人はこの館で暮らしながら、世界中から訪れるゲストをアットホームにもてなしているのだとか。「ホテルとレジデンツァ・デポカの違い」を尋ねると、ロベルトさんは、「レジデンツァ・デポカとして認定されるためには、歴史的、文化的価値があるかどうかなどの条件をクリアすることが必要。さらに、宿泊施設として利用するにはオーナーが居住していることが条件になります。」と言った。ロベルトさんの説明によると、ホテルは施設内の設備が星の決め手になるが、レジデンツァ・デポカの場合は利便性よりも建物や調度品などの文化的、芸術的価値を重んじることが優先されるらしい。また、ホテルは年中無休が義務付けられているが、歴史的建築物の場合はこの義務はなく、建物の修復やオーナーの事情などによって一定期間閉めることもできる。つまり、ゲストはロベルト夫妻の館にホームステイさせていただく、という感覚だろう。

 



 

 私がこの館に興味津々なのを見たロベルトさんが、「この館の本当の歴史がわかるのは地下なんですよ。よかったらご案内しましょうか?」と申し出てくれたので、大喜びで着いていくことにした。地下に降りると、ゆるく坂になった石畳の床、いくつものアーチが続く広い空間が現れた。「これ、なんだと思います? 実は今立っているここは、千年以上前のスポレートの街の通りなんですよ。館を建てた時、当時の通りや家屋の上に土台を築いて建てたので、この一角だけは900年〜1000年頃の街並みがそっくり残ってるんです」

 私が床だと思っていたところが、実は千年前のスポレートの街の道だったとは! ゆるい坂になっていたのはそのためだったのだ。よくよく見ていくと、アーチの一部は家の玄関だったことがわかり、ますますびっくり。だが、驚きはこれだけでは終わらなかった。

 「一番古い部分は、まだこの下にあります」と言って、ロベルトさんは鉄の頑丈な扉を開け、崩れそうな石の階段をさらに深く降りていく。慌てて後を追っていくと、そこには古代遺跡のような洞窟があった。

 「ここが館の最も古い部分。ひんやりしているでしょう? 昔はここが食材庫だったんですよ」
 最初は洞窟のようだと思ったが、中を歩いて見るとその広さに驚く。外の暑さや湿気が入らないので、食材置き場には最適な場所だ。これだけの食材庫を持っていたとは、やはり当時の貴族様は桁外れだ。我が家の冷蔵庫などおもちゃみたいなものだな、と思いつつ、館巡りは終了した。

 

 
今から千年以上前の街並みが残る地下階。結婚式など特別なリクエストがあった場合のみ、地下階を解放しているそう(上)。さらに地下へ降りると巨大食材庫の跡が。宿泊施設は地上の3階部分だが、実は5階建の館(下)