ラツィオ州ヴィテルボ県にあるボルセーナは、「欧州で一番透明な湖」と謳われるボルセーナ湖の湖畔にある人口4000人弱の小さな街。ヴォルシーニ山脈の斜面、湖を見下ろす小高い丘の上にあるこの街の起源はとても古く、30万年以上前にすでにこの地に集落が形成されていたと言われている。農業と湖の漁業を主とするのどかな街だが、欧州ではキリスト教の重要な巡礼路であるフランチジェナ街道の拠点として知られている。イギリスのカンタベリーから、フランススイスを通ってイタリアローマまで、ヨーロッパを縦断するフランチジェナ街道は、スペインのサンティアゴ巡礼路と並んで非常に有名なキリスト教の巡礼路である。街道上にはいくつもの巡礼ポイントがあるが、中でもこのボルセーナの街は「奇跡が起きた場所」として広くその名を知らしめている。透明な水をたたえた美しい湖を見下ろすボルセーナの魅力をご紹介しよう。

 

13世紀に起きた「ボルセーナの奇跡」

 ボルセーナの街に着いたのはお昼を少し回った時刻で、街の中心にあるマッテオッティ広場も閑散としていた。これといった情報も持たずに立ち寄った私は、ここからどこへ行けばいいのかしばし迷っていた。広場の四方を眺め回すと、その一角になにやら行列が出来ているのが見えた。近寄って見ると、フランチジェナ街道を自転車で巡っているドイツ人グループが、しばしの休憩を兼ねてジェラート屋の前に列を作っていた。ボルセーナの旧市街の通りには、巡礼者のイラストと共に「La Via Francigena/フランチジェナ街道」と書かれた看板があちこちに見られ、人気の少ない昼下がりでも時折大きなリュックを背負って行き交う旅人の姿を目にした。この街にも巡礼スポットがあるのかとスマホで検索してみると、とても興味深い伝説を発見した。

 1263年の夏、ボヘミアの司教ピエトロ・ダ・プラは、ミサの儀式「聖体拝領」に対して疑問を抱きながら巡礼の旅でローマに向かっていた。ボルセーナに着いた司教が、「パンと葡萄酒がキリストの肉と血に変わる」ことに疑いを持ちつつサンタ・クリスティーナ教会でミサを行っていた時、聖体のパンから突然血が滴り、聖体布が血で染まるという奇跡が起きた。驚いた司教が近くのオルヴィエートに滞在していた時の法王ウルバーノ4世にこのことを伝え、法王はこの奇跡を讃えるため翌年から8月11日を『聖体祭(コルプス・ドミニ)』として制定、さらに聖体布を納めるためにオルヴィエートの大聖堂を建設したという。現在、ウンブリア州屈指の美観を誇るゴシック様式のオルヴィエート大聖堂の建設に、こんな逸話があったとは。さらに、カトリック・キリスト教の祭日であるコルプス・ドミニもこの小さなボルセーナの街が起源だったことを知って、ますます驚きが深まった。

「飲める湖」とも言われる透明度の高い湖水で知られるボルセーナ湖
旧市街の中心にあるマッテオッティ広場。ここから放射線状に道が行き交っている
奇跡が起きたサンタ・クリスティーナ教会へ向かう道の途中にあるジェラテリアにはドイツ人ツーリストの行列が出来ていた
今から756年前、「ボルセーナの奇跡」が起きたサンタ・クリスティーナ教会。内部の地下聖堂には聖クリスティーナの石棺が安置されている