4月9日 [SAT]  

 部屋に籠もって〆切の原稿に集中。夕刻に栄町まで歩いていって「おとん」でかるく飲む。宮古島へ数年間赴任していた高校の先生(いまは那覇市内の高校に勤務)や、石獅子彫刻作家の若山大地さんがあらわれてワイワイゆんたく。若山さんには『沖縄ひとモノガタリ』に登場していただいている。

 

4月10日 [SUN]   

 

 ありものの野菜でペペロンチーノをつくって朝飯を食べ、昼過ぎまで仕事。3時からジュンク堂那覇店で琉球新報社から出したジャン松元さんとの共作『沖縄ひとモノガタリ』のトークライブの最終回。仲地宗幸さんと石垣綾音さん。地方自治の在り方や地域づくりといった話になる。後半には、特別ゲストで本の表紙にもなっている沖縄民謡の唄者・大城琢さんが登場してもらい、何曲か歌ってもらう。「今帰仁網底節」、「白雲節」、「ナークニー」(ぼくが『沖縄アンダーグラウンド』で売春街を取材したときの話を琢さんが歌詞にしてナークニーに乗せてくれた)ナークニーとは沖縄民謡定番の即興歌。観客は満員で60名以上いた。御三方ありがとう。そういえば、石垣さんのお母様の友人の女性から、「ANOTHER WORLD OF OKINAWAN MUSIC」という新垣睦美さんのアルバムとお菓子をプレゼントしていただく。

 打ち上げで、森本浩平店長と普久原朝充さん、深谷慎平さん、上原岳文さんらといつもの「米仙」──道端にテーブルを出して飲み喰いするスタイルなのだが──檄安旨寿司をつまみながら、飲む。すると十年ぶりぐらいか、松山の焼酎バー「高山 琉球別邸」のマスター・河島謙二さんが親子連れで通りかかりご挨拶。沖縄に通いはじめたころ、芋焼酎好きのぼくとしては県内最大の品揃えを誇る当店を知ったことはほんとうにラッキーだった。もちろん泡盛も麦焼酎もある。あるとき、波照間島の泡盛「泡波」(ほんとうは観光客が島外に持ち出すことは原則的に禁止されているのだが)が異常に高騰していた時期があり、ここでもたしかロック一杯三千円以上した。それを一升瓶ごと飲みつくした「軍団」がいた。当時、アントンリブという飲食店を那覇でも展開していたアントニオ猪木さんのグループだった。会計は十数万円を払っていたっけな。

 会員制泡盛バーの「泡盛倉庫」の比嘉康二さんも「米仙」のカウンターにいて、帰るときにお互いに気づいてご挨拶。そのうちにNHKの渡辺考さんが──なんでも昼から飲んでるそうで──べろべろになって登場。だんだんとぐだぐだになり、娘さんもいっしょに来ていたので、愛娘に連れ帰られる光景には笑った。そしたら、いま書評を書いている『水納島再訪』を書いたライターの橋本倫文さんも通り掛かり、座に誘って飲む。彼はさいきん亡くなった坪内祐三さんや西村賢太さん絡みの対談などの構成をしていたので、いろんな話が聞けておもしろかった。その他にも知り合いが通り掛かりご挨拶。近くの「武蔵家」で塩ラーメンをすすって帰る。

水納島再訪
水納島再訪

離島と沖縄。埋もれていた近現代史が見えてくる4泊5日の旅の記録。沖縄のやんばるにある「クロワッサン・アイランド」と呼ばれる小さな島・水納島。開拓、戦争、産業、海洋博、そして現在……。再訪を重ねてきた気鋭のライターが綴る、エッセイ・ノンフィクション。

 

4月11日 [MON]  

 昼近くまで寝る。沖縄そばと島野菜で島豆腐で焼きそばを自炊。こもりきりで仕事をすることに決めた今日は美学者の伊藤亜紗さんの「現代の肖像」が掲載されている週刊誌「アエラ」の発売日。伊藤さんと出会ったのはぼくが脳卒中(小脳出血)をやって数か月後で、リハビリ中だった。荻窪の「Title」でおこなわれた伊藤さんのトークライブを聞きに行ったときだから3年近く前になる。病気になってから、伊藤さんの『どもる体』、『記憶する体』、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』、『手の倫理』などの著作を読んで、病で失った体の機能──幸い僅かだったが──とどう折り合いをつけていくかを考え続けていた。伊藤さんを書いてみたいと思ったのは一年ほど前だが、ようやく実現できた。拙い文章でどこまで描けたかは自信がないが、充実感は残った。

 

4月12日 [TUE] 

 昼近くまで寝ていた。今日もひきこもって仕事をすることにした。ゴミを出しに行ったら風が心地よい。冷蔵庫を開けたら島豆腐一丁と卵一個しかなかったので、豆腐を暖め、海苔のふりかけで食べる。卵は目玉焼き。あと鯖の水煮缶もあったので食べる。沖縄の豆腐はデカいので腹が満たされた。夕刻までひたすら仕事。まだ外は明るい。部屋を出たいと衝動にかられ、ひきこもりを中断して、シャワーを浴びて、近所の「すみれ茶屋」へ。玉城丈二さんや常連さんたちと久しぶり。バカ話をしながらチヌマンを焼いてもらう。帰りにスーパーに寄り、買い出し。部屋に着いて、明後日には名古屋に行かねばならないことを思い出したが、ときすでに遅し。大半の食材を冷凍庫に放り込む。

 

4月13日 [WED]   

 作家の仲村清司さんが昼前ぐらいにやってきた。彼の沖縄大学での授業が始まる。合流して、安里の「あかね食堂」で豆腐チャンプールーを食べる。仲村さんはゴーヤーチャンプールー。ご飯と沖縄そばがつく。糸満市にある山城豆腐店というところの豆腐を使っていて味が濃くて旨い。近くで珈琲を飲んだ後、仲村さんは大学へ。ぼくは部屋に戻り仕事。夕刻に某旅行雑誌の取材で仲村さんと写真家の垂見健吾さんが牧志や栄町をぶらつくというので、重鎮お二人と編集者の武田千代子さんにくっついて栄町場内へ。「ちぇ鳥」で焼き鳥を四人で食べたあと、仲村さんとぼくは「勝男」で一杯だけ。仲村さんはわが家に泊まる。

 

4月14日[THU]     

 仲村さんは朝早く出立。ぼくも昼すぎに部屋を出て那覇空港へ。名古屋へ向かう。そういえば、NHKの朝ドラ「ちむどんどん」がスタートしているがほとんど興味なし。ただ、会う人がよく話題にする。"サンシンを弾くシーンに沖縄の訛りがなくてダメ"、とか、"サータアンダギーを食べてチムドンドンしたさ~はないよ、言うなら、チーチーカーカーだろー"というキビしい意見ばかり。そもそも、ぼくも沖縄との二拠点生活を始めてから十数年間経つが、たとえば"チムドンドンしたさ~"みたいな言い方を生活の中で聞いたことがない。まあドラマだからいいも悪いもないのだろうけど、リアリティに欠けているのはまちがいなさそう。東京発の目線で「地方」を描こうとするとだいたいこうなるってことかな。

 ぼくは飛行機まで時間があったので洗濯して、室内乾燥機の上に干す。空港では450円のビッグメンチカツ弁当を食べる。名古屋へ行って翌々日は京都へ移動。

 

沖縄にも暮らす二拠点生活の日記 vol.26】

*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/seijifujii1965)でご覧いただけます。

*次回もお楽しみに!