文/ステファン・ダントン

 

 

 1986年の自分を振り返ろうと中野区にかつて住んだアパートを訪ねた私は、さらに母校のある高田馬場へ向かった。(2019年8月)

 

通学電車で高田馬場へ 

 夕方5時過ぎの西武新宿線。新井薬師駅から高田馬場駅の車内は学生で一杯。学生時代を思い出してきた。

 「電車で5分。歩けば30分。節約したくて歩いたこともあったよな」

 「学校のそばまで行ったのに、面倒になってさぼっちゃったこともあったよな」

 「ひげをはやした校長先生がエネルギッシュでユーモアがあって。お世話になったよな」

 でも「高田馬場で一番思い出深い場所はどこ?」と聞かれて迷わず「シェーキーズ!」と答えた。

 当時本当に貧乏だった私の食生活を支え、命をつないだのはピザだった。校舎の近くにあったバイキングをやっているピザハウスに週に1度通うのが習慣になっていた。たらふく食べるのはもちろん、もう時効だから白状すると、持参したビニール袋に1週間分のピザを入れて持ち帰っていた。ピザは具材の水分が少なければ日持ちする。そんな貧乏ゆえの悪巧み。あの頃の自分にとっては生きるための創意工夫だった。

 そんな話をするうちに、電車は高田馬場に到着した。

西武新宿線「新井薬師駅」から「高田馬場」に向う電車内にて。