東京人にとっての馴染みの味

例年になく雨が続いた4月。陽春と呼ぶにふさわしくない日々が続く中、心を晴らす、春の便りが届いた。おちゃらかに「屋久島新茶」が入荷したのだ。「くりわたせ」という品種で、気持ちがやわらぐような香りと甘みがあり、新茶ということもあって若々しい印象を受ける。

おちゃらかの店先にある茶葉も新芽が出てきている

私は静岡や京都だけでなく、日本全国のお茶を探し求めている。近年、九州地方をはじめとした、西日本のお茶の注目度は高まる一方だ。それぞれの個性が光り、お茶文化の裾野を広げている。

2021年の9月に人形町に店を構えて、地元の人との交流が増えた。そこで気づいたことがある。東京の人は、西や南のお茶より、東や北のお茶に馴染みがあるのでは? あくまでも傾向だが、西や南は苦味のあるお茶を好む。一方で東や北は苦味をそこまで求めていない。もちろん人によって好き好きだが、ここ最近、東や北のお茶に目を向けるようになった。宮城の伊達茶、茨城のさしま茶などを取り扱い、新潟のお茶も入荷する予定だ。その中でもずいぶん前から個人的に気に入っていたお茶がある。狭山茶だ。

茶摘み間近の茶畑にて。新芽から香りが漂う

埼玉県の狭山地方は、東京から50kmほどの場所にあり、車でも電車でも小1時間で行ける。東京近郊で作られたお茶、東京の食文化に合わないはずがない。実際におちゃらかで取り扱っている「ふくみどり」という品種の狭山茶は好評だ。フルーティな香り、しっかりした旨味、何よりその風味が口の中で余韻となって至福をもたらす。

いつのことだったか定かではないが、世界緑茶協会主宰の「緑茶コンテスト」で審査委員を務めたとき、この「ふくみどり」に出会い、そのときの味がずっと記憶に残っていた。

屋久島から新茶が届いた翌日の4月23日、私は狭山へ無計画の旅に出た。といっても、まったく当てがないわけではなかった。

狭山茶「ふくみどり」は、フルーティな香りが特徴

 

上天気の中、新芽をイメージしながら狭山へ

雨続きの日々が嘘のような、サングラスなしでは歩けないような強い日差し。飯田橋のカナルカフェで取材班と合流し、日高市のとあるところを目指した。

狭山茶は狭山市で栽培されたお茶、と思われる人が多いだろう。もちろん狭山市でも盛んに作られているが、狭山茶の産地はもっと広域だ。狭山市が誕生したのは昭和29年。それ以前は狭山市域という扱いで、川越市、所沢市、飯能市、入間市を含む広域なエリアを指していた。狭山市の北西部に隣接する日高市も、かねては高麗郡という広大なエリアで狭山市と同じ地域だった。こうした背景もあり、狭山茶の産地は広域に点在しており、産地を狭山丘陵地域と表現されることもある。

狭山でお茶づくりが盛んになったのは、江戸時代の中頃。
「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめをさす」
という「狭山茶摘み歌」の歌詞にあるように、狭山茶は、静岡茶、宇治茶と並んで日本三大茶のひとつ。寒い冬を乗り越えることで味わいが深まり、また、独特の仕上げ技法によって、濃厚な味わいに、ふくよかな香りが生まれる。そんな狭山茶の新茶の茶摘みは、例年GW前後で行われている。

冬を乗り越えた茶木。GW前、茶摘みまで1週間にせまっていた

お茶業界にとって新茶は一大イベント。産地では新茶フェアなどのイベントが催され、販売店では新茶のPRを打ち出す。実は、私は新茶をそこまで特別視していない。よいお茶は昨年のものでもおいしい。ただ、この時期に新茶を口にすると、季節を感じ、「今年最初のお茶」という新鮮味を感じることができる。それはワインのボジョレーヌーボーの解禁に似ているかもしれない。

高速を降りると、西側に大きな山がそびえている。秩父と奥多摩の山。その向こうは山梨県で、ふと、勝沼のワインを思い出した。今や世界レベルとなった勝沼ワイン。私も大好きなワインだ。古くからぶどう栽培が行われていた地域で、ぶどう酒もつくられていた。ただ、それはワインとはまた別の飲み物。勝沼の若者がワインづくりを目指したとき、フランスに長期間滞在して、ワインづくりを徹底的に学んだそうだ。その知識と技術を日本に持ち帰り、勝沼の環境、ぶどうの特性を生かしたオリジナルのワインが誕生したらしい。

では、日本茶はどうか? 各地で日本茶を盛り上げる取り組みが行われているが、どこか中途半端に感じてしまう。抹茶の製造に乗り出した地域もあったが、抹茶は緑茶とは違った製造。中国に視察に行ったという話を聞いたことがあるが、よく考えてほしい。お茶は日本の飲み物のはず。もし、他から学ぶのであれば、他業種にヒントがあるはずだ。ぜひ、勝沼のワインが生まれた経緯を知り、その開発方法を学んでほしい。

 
狭山の茶畑の北西部は秩父の山々。その先には山梨・勝沼のぶどう産地がある

さて、今から訪れる狭山茶はどうだろうか? 静岡茶、宇治茶と同じ日本三大茶とされながら、知名度はそこまで高くない。狭山茶に関わっている人が何を考えているのか、知りたかった。

私が最初に訪れたのは、「萎凋香専門店 備前屋」。おちゃらかに置いてある「ふくみどり」の取引先だ。代表の清水さんとは電話で注文をするだけで、まだ会ったことはなかった。八十八夜(立春から数えて88日目で、古来より農作業を始める目安とされている。2022年は5月2日に当たる)を目前にして、多忙なところの突然訪問は失礼極まりないが、備前屋の扉を開いた。

このあと、清水さんに実にいい話をうかがい、自分と共通する部分を見つけられることになる。その話は、次回にじっくりお話しよう。

埼玉県日高市にある、「萎凋香専門店 備前屋」

「萎凋香専門店 備前屋」代表の清水さんと、茶摘み目前の茶園を訪れた
 

編集協力/セトオドーピス、田村広子