京都・八坂神社のすぐ近くにあった板前割烹「浜作」が、新町通に移転したのが、昨年夏、旧店舗には何度も通いましたが、新しい店にはなかなか縁がありませんでした。新規開店から暫くは出かけるのを控えようと思っているうちに、年を越し、春になってようやく予定が立って、先日、店を訪れることができました。旧店よりコンパクトですが、板前割烹の店内は、以前と変わらぬ佇まいで、すぐにその空気に馴染んでゆけました。
 春というより初夏の献立で、筍の木の芽和え、かれいのお造り、はものお椀がでました。
 筍は湯がきたてはもちろんですが、木の芽は目の前ですり鉢で下ろすので、たちまち、木の芽の香りが立ち込めます。爽やかな緑の香りとでも言いましょうか。

 

イカと筍の木の芽和え
浜作のご主人森川さん

 その香りに食欲が掻き立てられます。お造りはたいの季節が終わり、かれいに代わったばかり。使い込まれた庖丁が、かれいの白身に、何の抵抗もなく、スピーディに入ってゆきます。庖丁でひくというより、堅い身であるはずなのに、庖丁からすぽっ、すぽっとはいってゆく感じです。このかれいをまずは、何もつけずにそのままいただく。香り、うまみが溢れてくると、塩味が欲しくなり、箸先に醤油をちょいとつけ、口に運ぶ。うまみが一層濃くなってゆく。白身だからという事もありますが、かれいの身をそのまま醤油にどっぷりつけてしまっては、かれいの初夏のさわやかな味わいは楽しめません。
 はもは絶妙なはも切りがされた身に葛を軽くつけ、熱湯に落とします。お椀のお出汁は、料理が始まるまえに、いつも行われる「浜作」ならではのセレモニーで生まれた「一番出汁」。

 

 いただく私は、お椀の用意が始まったのをみて、まずは大きく深呼吸して、気持ちを鎮め、集中力を高めます。それから、両端が細くなった懐石用の箸を反対に返します。使わない片方の箸先は神様が使われることになっているのですが、お椀のお出汁に醤油などがついた箸先を入れたくないので、心の中で「神様、ごめんなさい」と唱えます。一口目はそれまでいただいた料理の味が口の中に残っているので、それを洗い流す一口、一呼吸おいて二口目をいただくと、もうお出汁の味わいが違います。そうして三口目。お出汁の本来の姿が現れ、昆布にも削り節にもかたよらない、まあるい味が現れます。これが「うま味」というより「甘い」のです。これを私は「甘露」と命名しています。お出汁と初夏のまだ脂ののっていないはもの見事なハーモニーが奏でられたお椀でした。

 

出汁巻きとご飯
「浜作」新町通の新店舗の佇まい

 この晩、「浜作」とおなじ新町通にある、小さな宿屋に泊まったのですが、清潔ではありましたけど、あまりに簡素だったため、今回は割愛させていただくことにいたします。