文・写真/サラーム海上


 

 

■イスタンブル旧市街のオスマン宮廷料理レストラン『Deraliye』訪問

 2022年6月12日日曜、ザ・ハーブスメン、イスタンブル食い倒れ出張のテレビ取材2日目は旧市街スルタンアフメト地区にあるオスマン宮廷料理のレストラン『Deraliye(デラリエ)』を訪れた。

イスタンブル旧市街スルタンアフメト地区のアヤソフィア・ジャーミー前に集合したザ・ハーブスメン一行

 オスマン帝国は14世紀から20世紀初頭まで、西アジア地域と地中海地域の広範囲を支配した世界帝国。
元々、中央アジアの遊牧民だったテュルク系民族が10世紀頃にイスラーム教を信奉し始め、現在のトルコ共和国の大半を占めるアナトリア半島に定住した。そこで生じた無数の君侯国の中から、13世紀の終わりにオスマン帝国が生まれた。

 15世紀には第7代スルタン(皇帝)メフメト二世が東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブル)を陥落、東ローマ帝国を滅ぼし、アナトリア半島を領土とした。

 17世紀の最盛期には、西はモロッコから東はアゼルバイジャン、南はイエメンとエリトリアから北はハンガリーやウクライナまで帝国の版図は広がった。

 首都のイスタンブルには帝国全域からの珍しい食材や料理が集まった。それらが宮廷で、スルタン付きの医師兼調理人によって整理されたものが「オスマン宮廷料理」とされる。医師兼調理人はレシピをオスマン語で記録し、その一部は現代トルコ語に翻訳され、書籍として発売されている。

 現在、イスタンブルには星の数ほどのレストランが存在するが、オスマン宮廷料理を掲げるレストランは片手の指の数ほどしかない。現代のトルコ料理とは使う食材や味付けも大きく異なるためである。

 僕は以前、旧市街ファーティフ地区にあるオスマン宮廷料理レストラン『Asitane(アシタネ)』を何度か訪れ、拙著『おいしい中東 オリエントグルメ旅』にもレポートを掲載したが、今回、同店はコロナ禍と改装工事のため残念ながら休店中だった。デラリエは偶然にもそのアシタネのシェフだったネジャーティ・ユルマズ氏が独立し、スルタンアフメト地区に新たに開いたお店だった。

 アヤソフィア・ジャーミー(モスク)の前の公園でテレビクルーと待ち合わせ、トラム通りから一本裏道に入ったデラリエへと向かった。この辺りは外国人観光客向けの不味い飯屋ばかりなので、僕は長年近づいたことがなかった。デラリエはそんな裏通りにありながらも、広くて真新しいサロンとオスマン宮廷風のマルーン色のインテリアが眩しいお店だった。一階席には4人がけのテーブルが20台も並び、一番奥の正面にはまるでDJブースのようなアイランドキッチンが備え付けられている。

 テレビカメラを従えてサロンに入ると、そのアイランドキッチンの後ろから、ベテラン料理人らしい、がっしりした体型のネジャーティさんがニコニコしながら出迎えてくれた

「メルハバ。今日はオスマン宮廷料理の代表的な料理をいくつか味わっていただきます。その後に、同じ料理を皆さんと一緒にここで作りましょう!」

 おお、なんと嬉しい! 僕はこれまでトルコ料理のレッスンは何度も受けてきたが、オスマン宮廷料理のレッスンはさすがに初めてだ。テレビの取材は無駄な時間や面倒が多いが、こうした良い面もあるんだなあ。

オスマン宮廷料理店『Deraliye』の一階サロン。スルタンアフメト地区にしては珍しく、広くてゴージャスな店内
常に笑顔のネジャーティ・ユルマズさん。一番好きなスパイスを一つ挙げてと尋ねたら、答えは意外にもシナモンとのこと