文/チョン・ウンスク

 

 諸行無常という言葉があるが、この人だけは不滅であってほしいと思う人がいる。韓国では“国民俳優”と呼ばれるアン・ソンギ(1952年生まれ)がそのひとりだ。

 70歳になった今も、映画のトークイベントなどでファンの前に姿を見せている彼だが、「血液のがんで闘病中」という発表が所属事務所からあり、ショックを受けた。

 1967年生まれの私にとっては彼こそが韓国映画である。それは80~90年代から韓国文化に関心をもった日本の人にとっても同じだろう。

「NHKの『アジア映画劇場』で初めて観た韓国映画の主人公がアン・ソンギでした」

「会ったこともありませんが、アン・ソンギが私の韓国語の先生です」

 と言う人も少なくない。

 今回は彼のスクリーン復帰を祈念しながら、国民俳優の名演が印象的な出演作をいくつか紹介しよう。

映画『シルミド/SILMIDO』公開の翌年訪れた仁川沖の実尾島(シルミド)に掲示されていた撮影地案内板。左端がアン・ソンギ

■『風吹く良き日』(1980年、イ・ジャンホ監督/アン・ソンギ主演)

 私が育ったソウル江東区千戸洞で撮影されたので、更地だらけの懐かしい風景とともに記憶に残っている。

 このとき20代後半だったアン・ソンギが扮したのは、ソウルドリームを夢見て地方から上京してきた若者。仕事は当時、比較的容易に就けた中華料理店の出前持ちだ。

 気弱。たどたどしい話し方。生活水準の高い女性に振り回されるあわれな姿に自身を重ねた若者は多かっただろう。

 この映画が撮影されたのは1980年の夏。この年は5月に光州で民主化運動が起き、それを過剰鎮圧したチョン・ドゥファンが9月に大統領に就任している。

■『ディープ・ブルー・ナイト』(1984年、ペ・チャンホ監督/アン・ソンギ&チャン・ミヒ主演)

 芯の強さを感じさせるが、穏やかで情緒安定型のキャラクターを演じることの多いアン・ソンギが、珍しくギラギラした男に扮した作品。

 舞台はアメリカ。常にイラついていて、暴力も辞さず、韓国に残してきた身重の妻のためなら汚いことをしてでも永住権を取ろうとする姿は本当に怖かった。

 ヒロイン役はチャン・ミヒ。80年代を代表する男優と女優の2度目の共演作だ。