「新橋駅前のC11 292号の履歴が分かりました!」

 鉄道フォトジャーナリストの櫻井寛さんからこんな連絡が入った。

 

 先日、漫画『新・駅弁ひとり旅~撮り鉄・菜々編~』のロケハンを兼ねた打合せで、この漫画の監修を務める櫻井さんと漫画家のはやせ淳さんと一緒に汐留にある旧新橋停車場を訪れた。この時、新橋のSL広場にも立ち寄ったのだが、ここで現在駅前に保存されているSLは新橋に関係があるのかという疑問が浮上した。テレビのニュース番組などでよくサラリーマンがインタビューを受けているあの場所である。櫻井さんは、この蒸気機関車の履歴を調べてくださったのだ。

 

「新橋駅のC11について、調べてみました。

[C11 292号]

  • 1945年2月11日(昭和20年)日本車輌名古屋工場で竣工(まさに戦時中です)
  • 同日 国鉄大阪局へ 姫路機関区に配属され、以降、播但線、姫新線などのローカル列車を担当する
  • 1972年8月 播但線ディーゼル化により最終運行
  • 1972年8月9日 姫路から品川へ回送
  • 1972年9月16日 廃車 新橋駅前に保存

 つまり、現役時代は新橋と縁もゆかりもない機関車です。ただし、1945年から1972年までの現役時代の27年間、姫路機関区から1度も移動しなかったことは、珍しいことです。移動がなかったということは、それだけ姫路で大切にされていたからでしょう。50年間、屋根もない雨ざらしの展示としては、極めて美しいと思います。鉄道発祥の地、新橋のメンツでしょう。相当、お金をかけてさび止めを施しているのではないでしょうか」

 なんと、新橋駅前のSLは新橋とは縁のない機関車だったというのだ。

 新橋といえば、「汽笛一声新橋の♪」の歌い出しで知られる「鉄道唱歌」を連想する。この場所に保存展示されているSLだけに、新橋に深く関わりのある機関車だと勝手に思い込んでいた。しかし、生涯を姫路機関区で過ごした関西育ちだったわけである。

「姫路機関区の補足ですが、機関区開設は1888年12月(明治21年)と非常に古いです。当時は山陽鉄道の終点かつ、岡山方面への前線基地でもあり非常に重要な機関区でした。1946年には、姫路第1機関区、第2機関区に分かれ、C11292は第1機関区へ。その後、山陽本線の全線電化にともない、姫路第1機関区の担当は、播但線、姫新線、赤穂線(山陽本線経由)となり、C11が11両、C58が3両配置されます。
 C11は、播但線と姫新線を、C58は赤穂線を担当し、1972年8月を最後にディーゼル化。最終運行はC11292で、姫路第1機関区の最終在籍機関車がC11292となりました。歴史ある姫路機関区の最後を飾った機関車というわけです」(前出・櫻井寛氏)