バブル絶頂期に向かう1988年、石川県選出の国会議員による発言が物議をかもす。その発言というのは、「大阪はたんつぼ。金もうけだけを考えて公共心のない汚い街」というものだ。述べたのは、のちに首相となり2021年に女性蔑視発言で東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を辞任する森喜朗氏だった。

 この発言に対して作家の中島らもは自著の中で、「言いえて妙」と表現する。ただし、地元の人間が口にするならまだしも、他県の者が悪しざまにいうのは、「相手にするのもバカバカしい」との意見も記している。

 筆者は大阪出身在住なので言葉にする権利があるとして、たしかに大阪は「汚い」とはいわないがゴチャゴチャ感にあふれた街だ。カオスといってもいい。その混沌としたところが、魅力だとも思う。

 しかし、そんな大阪でも洗練された街はある。街並みやインフラが整備され、暮らしている人もハイソ感が漂うところ。それが北摂の千里や吹田といった地域であり、エリア内を走っているのが北大阪急行電鉄(北大阪急行)と大阪モノレールだ。

 北大阪急行は阪急電鉄の子会社で、路線は江坂駅から千里中央駅まで。ただし、大阪メトロ御堂筋線と相互乗り入れを行っているため、天王寺や中百舌鳥までの直通が可能だ。会社の設立は1967年。3年後に控えていた大阪万博開催にともない、会場までのアクセス手段の担い手として立ち上げられた。

 大阪モノレールは1992年に開業。1970年の大阪万博開催に先立ち、観客輸送を円滑化するため路線の開設が唱えられた。この案は不採用となったが、70年代後半に、大阪市内と周辺都市を放射状に結んでいる鉄道路線を円形に繋ぐ手段として注目され、着工の運びとなった。

 このように、北大阪急行も大阪モノレールも、立ち上げのきっかけは大阪万博である。さらに千里には1962年、日本初の本格的なニュータウンが建設される。それが「千里ニュータウン」だ。

 もともと竹林しかなかった千里丘陵は、千里ニュータウンと万博、そして大阪市内へのアクセスの良さで急激な発展をとげ、人口も爆増。開発計画にのっとって整備されたため街並みは整然としていて、新旧の入り混じるゴチャゴチャしたようすはない。ニュータウン以外にも高級マンションが林立し、そのうえ自然も豊富に残されている。暮らしている人も、芦屋や西宮レベルの高級感をただよわせている。

 ただ、大阪府南部在住の筆者からすれば、「ここに住みたいか?」と聞かれると、「う~ん」と悩んでしまうだろう。おカネの問題ではない(それもあるが)。生活感のなさがイヤなのだ。

 近所の人に対して「おっちゃん」「おばちゃん」と気軽に呼べる雰囲気ではない。子どもたちも「ガキんちょ」という印象は受けない。「坊ちゃん」「お嬢ちゃん」だ。ベタベタな大阪弁で話していると、冷たい視線を向けられてしまいそう。あくまでも個人的な見解だが、そんなイメージがある。

 土地があって、人がそれぞれの目的で三々五々に寄り集まり、町が出来上がる。だからこそ、お屋敷もあれば長屋もある。人が精いっぱい生きていく生活臭が渦巻いている。そんな画一的でない街のほうが、個人的には住みやすいと考えてしまう。

 行政や開発企業にお膳立てされた街、大阪らしいカオスの感じられない街。北大阪急行沿線と大阪モノレール沿線の千里界隈には、そんな印象がある。