日本に朝鮮半島の食文化がもたらされ、今のように定着するまでを振り返るコラムの2回目は、1979年に発売され、テレビCMで「朝鮮の味」を積極的に謳った生タイプの焼肉のたれの話から。今回も、私の事務所の代表である日本人男性A氏(1962年、埼玉県志木市生まれ)のコメントをもとにする。

埼玉県のファッションビル内にある韓国食材店の酒類コーナー。最近は新商品発売の時差も縮まりつつある

■1979年、生タイプの焼肉のタレ発売。テレビCMが話題に

「ホットプレートが我が家に来て以来、家庭で焼肉をする機会が増えました。高校生になると体も成長し食欲も旺盛になるので、食べる楽しさとホットプレート焼肉の記憶が重なっています。その頃、テレビで盛んに流れたモランボンの焼肉のたれジャンのCMはよく覚えています。大人になってからわかったことですが、あの時代にテレビで『朝鮮』『朝鮮の味』という言葉が流れるということはすごいことだったんですね。私は東京板橋区の高校に通っていたので、朝鮮という言葉から連想したのは、ずっとあとに日本映画『GO』や『パッチギ!』で描かれた民族学校の生徒たちのことでした。偏った知識しかなかったんですね。それでも、米倉斉加年(よねくら まさかね)さんという個性的な俳優が一人芝居のように語りかける姿はとても印象に残りました。おかげで焼肉は朝鮮半島の食文化なんだなと、ぼんやりとですが認識できました」(A氏)

 YouTubeでモランボンのテレビCMをいくつか見た。焼肉のたれの数年後に放送された同社のキムチのCMでは、甕からキムチを手で取り出す映像に加え、「自然発酵食品です」「生きています」という米倉斉加年のナレーションが力強かった。「朝鮮漬です」というテロップでキムチ=朝鮮漬であることも説明するなど、ぬかりがなかった。

モランボンのキムチのテレビCMには甕からキムチを取り出すシーンがあった。写真は全羅北道で行われたキムチ漬け体験

 もうひとつ、同社の明太子のCMでは、米倉斉加年と友人らしき人の次のような会話がある。

 友人「米さん、この辛子明太子旨いね~。福岡(米倉の故郷)のお土産ですか?」

 米倉「いや、これはねモランボンの辛子明太子。もともと辛子明太子っていうのは朝鮮から来たの」

 友人「どうでもいいけど旨いねえ」

 米倉「よかったなあ」

 辛子明太子が朝鮮から来たものであると強調しながらも、友人に「どうでもいいけど旨いねえ」と雑に言わせているところに、“旨いものに国境なし”のメッセージを感じる。この会話の背景映像はチマチョゴリ姿で舞う女性たちだ。この時代、日本では韓国=キーセン観光のイメージが強かったにも関わらず、あえてこの映像を見せているところに潔さを感じる。一企業の商品のCMというより、民族文化の普及活動のような気概に感動した。

 ただ、もし私がこの「朝鮮」を強調するCMをリアルタイムで見たとしたら、きっと怖がっただろう。南北関係が今とは比べられないくらい緊張していた時代で、当時、朝鮮という言葉は主敵・朝鮮民主主義人民共和国とイコールだった。実際、1980年代に日本に渡航する韓国人のための研修では、「朝鮮料理」「大同江」「牡丹峰」など北朝鮮系と思われる看板の飲食店に行かないようにという指導がまじめに行われていたのだ。

 なお、日本では当たり前に使われている焼肉のたれだが、我が国では一般的ではない。正確に言うと調理するときの漬けだれ(もみだれ)はあるが、焼いた肉を小皿に入れたたれにつけて食べる習慣がないのだ。