日本に朝鮮半島の食文化がもたらされ、今のように定着するまでを振り返るコラムの3回目(最終回)は、1996年~1997年、私が日本に語学留学しているときバイト先の焼肉店で体験した話から2022年現在までを取り上げる。今回も一部、私の事務所の代表である日本人男性A氏(1962年、埼玉県志木市生まれ)のコメントを参考にする。

埼玉県のマルイファミリー志木にある韓国食材店のインスタントコーナー。私が志木に住んでいた90年代後半は、この街にこんな店ができるなど想像もできなかった

■1996年の日本留学時代、バイト先の焼肉店での発見

 バイト先の焼肉店のオーナーは1980年代に日本に来たニューカマーだったので、韓国で食べているような焼肉を出しているのかと思ったらそうではなかった。韓国料理とは言っても、国が変わればずいぶん違う。

 焼肉店では週1でまかないに焼肉が出た。お客さんに出すカルビを食べることができたのだ。不思議だったのは、お客さんや日本人のバイトが肉を食べるとき、ごはん(白米)をもりもり食べることだった。韓国では肉を食べながらごはんを食べる人は少ない。大人なら一杯飲みながら肉やパンチャン(おかず)を食べ、最後にごはんとテンジャンチゲ、または冷麺を食べる。

 しかし、私もすぐに焼肉とごはんのとりこになった。それは日本の米の美味しさによるものだった。当時、韓国の飲食店の米はその質も炊き方も日本と比べようがなかった。さすが日本はお米の国と感心したものだ。また、肉の漬けだれが韓国と比べて甘めだったことも、米の旨さを引き立てていたように思う。

90年代後半、日本の焼肉店でお客さんの多くが肉とごはんをいっしょに食べているのを見て驚いた

 日本の焼肉店はカルビやロースなどの正肉だけではなくホルモンも出していた。韓国ではカルビやトゥンシム(ロース)の店で内臓を出す店は少ない。内臓は庶民的な店で出すものだからだ。正肉と内臓には大きな格差があるのに、同じ土俵に横綱と幕下を上げる日本の焼肉店が不思議だったが、そのうち、一定の予算で味や食感の変化を楽しめる日本の焼肉スタイルのよさもわかるようになった。

 だた、肉のメニューは多彩なのにサムギョプサルやテジカルビなどの豚肉がメニューにないのが腑に落ちなかった。しかし、考えてみれば当時は訪韓日本人が増えていた時期とはいえ、サムギョプサルはまだ一部の日本人しか知らなかったのだ。