現在、関西で路面鉄道を運行している鉄道会社は3社あり、1つは大阪市の阪電気軌道(阪堺電鉄)、2つ目は京都市の京福電気鉄道(嵐電)だ。そして残りの1つが私鉄大手の京阪電鉄。京阪の運営している路面鉄道が、支線である京阪京津線と石山坂本線だ。両路線を合わせて大津線と総称される。

 石山坂本線が走るのは滋賀県の県庁所在地である大津市内であり、京津線は京都市と大津市を結ぶ。そして京津線には、ほかの路面電車とは大きく異なる特徴がある。それは、4両編成の車両が一般道路を走る光景が見られるということだ。

 路面電車といえば、1両か2両編成の短い列車が走っているというイメージがある。実際、阪堺電鉄も嵐電も車両編成は基本的に1両か2両。ところが京津線は違う。運行車両の800系は1両の長さが16.5メートル。4両編成なので66メートルにもなる。

 そんな70メートル近い列車が、街の中心部を走る。併用軌道なので、自動車も線路の上を走行している。こじんまりとした車両編成なら自動車に対して、「すんまへん、ちょっと通してくれまへんか」という雰囲気だが、4両編成ともなると「そこどけ、そこどけ、電車が通る!」という威圧的な印象も受けるのだ。

 京津線が、どうしてそんな長い車両を走らせるのかというと、京都市地下鉄に乗り入れているためだ。

京津線の歴史は古く、1906年に京津電気軌道という会社が、京都の三条と大津市の中心部を結ぶ路線の敷設を国に出願。1912年に一部が開業し、全線が開通したのは京津電気軌道と京阪が合併した1925年だ。

かつては京都市内と大津市内を直接結んでおり、さらに京阪本線ともつながっていて直通列車も走っていた京津線だが、1995年に京都市営地下鉄東西線への乗り入れが決定。1997年に東西線が開通すると、京津三条駅から御陵駅までの区間を廃止する。御陵駅は東西線と共有の地下駅となり、京津線をふくむ大津線は京阪本線から分離された路線となった。

ただ、御陵駅を出てからの地上路線はそのまま残され、上栄町駅からびわこ浜大津駅間0.8キロの併用軌道も変わらず使用されることとなる。そのうえ地下鉄への乗り入れで、東西線太秦天神川駅までの直通列車も運行することになる。地下鉄に2両編成の列車を走らせるわけにもいかず、乗り入れ車両は4両となる。これがダイナミックなシーンを生み出す結果となったのだ。

一方の石山坂本線は、基本的には2両編成だ。併用路線はびわ湖浜大津駅~三井寺駅間の0.4キロ。短い距離ではあるが道路の道幅が狭いところもあり、自動車との並走が無理な場所がある。自動車のみならず、自転車や歩行者も道路わきで列車の通過を待たされることもあるのだ。

とはいえ、石山坂本沿線は観光名所が多く、アニメのラッピングやレトロな外観の車両など、遊び心も感じられる。大津線には「湖都古都・おおつ1dayきっぷ」という一日乗り放題のきっぷもあるので、こちらを利用して京津線のダイナミックシーンを車内からながめ、石山坂本沿線の名所旧跡をたずねるのもおすすめだ。