ステファン・ダントン ステファン・ダントン

ステファン・ダントン
ステファン・ダントンすてふぁん・だんとん
1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。2020年人形町に新店舗オープン。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。
Twitter:@vr3yGL4yZ7ZJGOM
Instagram:ocharaka69
人形町「おちゃらか」公式:http://www.ocharaka.co.jp/
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #58「静岡メディアツアー(後編)」】お茶の聖地で日本茶のルーツを探り、茶問屋でブランド茶を試飲!最後は静岡おでんとこだわり緑茶ハイで旅をふり返る
2020.3.16
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #58「静岡メディアツアー(後編)」】お茶の聖地で日本茶のルーツを探り、茶問屋でブランド茶を試飲!最後は静岡おでんとこだわり緑茶ハイで旅をふり返る
文/ステファン・ダントン   2020年2月、静岡県が県内の日本茶産業を紹介するために主催するメディアツアーに参加することになった私は、フラットな視点で静岡の茶産業の現状を見てみたいと思った。前回は静岡…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #57「静岡メディアツアー(前編)」】茶産地静岡の本気度に唸る!絶景茶畑テラスにイケメン茶農家集団、凄腕料理人の絶品ランチ!
2020.3.3
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #57「静岡メディアツアー(前編)」】茶産地静岡の本気度に唸る!絶景茶畑テラスにイケメン茶農家集団、凄腕料理人の絶品ランチ!
文/ステファン・ダントン   2020年2月のとある水曜日の朝早く、私は静岡県に向かっていた。茶商として県内の茶産地を訪ねたり、日本茶業界の一員として茶葉の審査会に出かけたりするのはしょっちゅうだけど、…
神田の老舗喫茶で世界のビール、地道な定食屋でディナーを【フランス人茶商 の挑戦#54「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(6) 神保町(後編)」】
2019.11.12
神田の老舗喫茶で世界のビール、地道な定食屋でディナーを【フランス人茶商 の挑戦#54「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(6) 神保町(後編)」】
ステファン・ダントン     ほっと一息つくときに、手元にあってほしいもの。 私の場合は、コーヒーかビール、そしてタバコ。 日本茶やワインは、もちろん大好きだけど、まちをぶらついたり、本を読んだりし…
本のまち神楽坂、古きよき昭和の喫茶店、東京のパリで山梨のワインを…【フランス人茶商 の挑戦#52「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(4) 神楽坂」】
2019.9.16
本のまち神楽坂、古きよき昭和の喫茶店、東京のパリで山梨のワインを…【フランス人茶商 の挑戦#52「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(4) 神楽坂」】
ステファン・ダントン     神楽坂の路地裏の中華料理店でビールと冷やし中華の遅めのランチをとった私たちは、神楽坂の日向の道へ戻った。    神楽坂に戻るとすぐに可愛らしいブックカフェが目に入った。…
外堀はパリでいえばセーヌ!この辺りは東京のカルチェラタンだと思っている【フランス人茶商 の挑戦#51「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(3) 飯田橋・神楽坂」】
2019.9.2
外堀はパリでいえばセーヌ!この辺りは東京のカルチェラタンだと思っている【フランス人茶商 の挑戦#51「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(3) 飯田橋・神楽坂」】
ステファン・ダントン    中野区の小さなアパートに住んで留学生時代を過ごした1986年。あの頃から地下鉄に乗ってよく訪れていた場所がある。神楽坂だ。 インターネットのなかった当時、母国フランスの情報を…
 いい授業だった。日本語が下手なのは学校のせいじゃなく、私がさぼっていたから! 「新宿日本語学校2号館。ここが私の通った学校」【フランス人茶商の挑戦#50「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(2)中野・新井薬師から高田馬場へ」】
2019.8.19
 いい授業だった。日本語が下手なのは学校のせいじゃなく、私がさぼっていたから! 「新宿日本語学校2号館。ここが私の通った学校」【フランス人茶商の挑戦#50「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(2)中野・新井薬師から高田馬場へ」】
文/ステファン・ダントン   1986年の自分を振り返ろうと中野区にかつて住んだアパートを訪ねた私は、さらに母校のある高田馬場へ向かった。(2019年8月)  夕方5時過ぎの西武新宿線。新井薬師駅から高田馬場…
【フランス人茶商の挑戦#49「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(1 )中野区」】大家さんいい人だったな…。はじまりは哲学堂あたり、わずかな資金と夢だけを持ってバブル前夜の東京で暮らしていた日本に来たばかりの頃
2019.8.5
【フランス人茶商の挑戦#49「ステファン・ダントンが歩くTOKYO(1 )中野区」】大家さんいい人だったな…。はじまりは哲学堂あたり、わずかな資金と夢だけを持ってバブル前夜の東京で暮らしていた日本に来たばかりの頃
文/ステファン・ダントン  ふと思い出す夏がある。うっそうとした緑に囲まれたテニスコートで白い玉を追う有閑マダムをフェンス越しに見るともなく眺めていた。中野区にある哲学堂公園のテニスコート。 1986年…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #48「旅せる日本茶と出会いたい」】日本茶理解の糸口はワインだった。日本に来て25年。リヨンで生まれ育ち、ソムリエでもあるステファンが思う日本人の接客とコミュニケーション
2019.4.15
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #48「旅せる日本茶と出会いたい」】日本茶理解の糸口はワインだった。日本に来て25年。リヨンで生まれ育ち、ソムリエでもあるステファンが思う日本人の接客とコミュニケーション
文/ステファン・ダントン  「文化を発信する」というのはとても大事で難しいことだと思う。「文化を発信する」 ずいぶん高い次元の話のように聞こえるが、「文化」を「自分」という言葉に置き換えれば、わりと…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #47「日本茶は生きられるのか⁉」】ちぐはぐな「抹茶ブーム」で海外産の「抹茶パウダー」が日本茶の生産地を疲弊させている! 
2019.4.1
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #47「日本茶は生きられるのか⁉」】ちぐはぐな「抹茶ブーム」で海外産の「抹茶パウダー」が日本茶の生産地を疲弊させている! 
文/ステファン・ダントン 世界中で「マッチャ(MATCHA)」がブームになっている。ペットボトル飲料としての「お茶」も各地で定着している。「世界中に日本茶が広がりつつある」と喜んでいいのだろうか?実…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #46「日本茶で旅人を迎えて(2)」】フレーバーティーで日本茶を世界へ!「おちゃらか」第2章は日本橋COREDO室町  
2019.3.18
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #46「日本茶で旅人を迎えて(2)」】フレーバーティーで日本茶を世界へ!「おちゃらか」第2章は日本橋COREDO室町  
文/ステファン・ダントン  日本橋のコレド室町に移転してからもうすぐ5年になる。独特の文化のある郊外のまち吉祥寺から、再開発で再び東京の中心になろうとしている日本橋へ本拠地を移してわかったことがある…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #45「日本茶で旅人を迎えて(1)」】フレーバーティーで日本茶を世界へ!「おちゃらか」第1章は吉祥寺から始まった!  
2019.3.4
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #45「日本茶で旅人を迎えて(1)」】フレーバーティーで日本茶を世界へ!「おちゃらか」第1章は吉祥寺から始まった!  
文/ステファン・ダントン  「日本茶を世界中のテーブルにのせたい。日本茶にはそのポテンシャルがある!」と確信して2005年に吉祥寺で『おちゃらか』を開いてから14年あまり、日本橋に移転してからもすでに5年…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦#44「私を支える仲間たち4(後編)」】お茶の知恵袋・中村先生にステファンのことを聞いてみた
2019.2.18
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦#44「私を支える仲間たち4(後編)」】お茶の知恵袋・中村先生にステファンのことを聞いてみた
ステファン・ダントン  私と同様に「日本茶を復権させ普及させる」という目的を持ち、科学者の立場からアプローチし続け、現在では教育者として大学で教鞭をとっている中村先生と出会えたことで、私は自信を持っ…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦#43「私を支える仲間たち4(前編)」】地域活性の渦を作る人〜私のお茶の知恵袋・中村順行先生~
2019.2.7
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦#43「私を支える仲間たち4(前編)」】地域活性の渦を作る人〜私のお茶の知恵袋・中村順行先生~
ステファン・ダントン   2018年の12月15日、私は大学の教壇に立っていた。 40名近くの大学生を前に、「日常の飲み物としての、農産物としての、食材としての日本茶を知ってもらうことが日本茶を本当…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #42「私を支える仲間たち3(後編)」】茶業の先輩・増田社長ににステファンのことを聞いてみた
2019.1.21
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #42「私を支える仲間たち3(後編)」】茶業の先輩・増田社長ににステファンのことを聞いてみた
ステファン・ダントン 日本茶を世界に広めたい。まだ日本茶を知らない世界中の人にも日本茶を口に運んでもらうための入り口として、さまざまな文化背景や気候に合わせたフレーバー茶をまずは世界へ。そんな想いで…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #40「私を支える仲間たち2(後編)」】川根と私をつなぐ人「トニー」にステファンのことを聞いてみた~
2018.12.17
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #40「私を支える仲間たち2(後編)」】川根と私をつなぐ人「トニー」にステファンのことを聞いてみた~
ステファン・ダントン 【関連記事】  川根本町の行政マンとして、茶農家の息子として、日本茶を愛する仲間として私にさまざまな学びを与え続けてくれる川根の「トニー」。私の疑問・質問にいつでも率直かつ的確…
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #39「私を支える仲間たち2(前編)」】地域活性の渦を作る人 ~川根と私をつなぐ人「トニー」~
2018.12.3
フランス人茶商【ステファン・ダントンの挑戦 #39「私を支える仲間たち2(前編)」】地域活性の渦を作る人 ~川根と私をつなぐ人「トニー」~
文/ステファン・ダントン   私と日本茶との付き合いは、『おちゃらか』の開業を起点に考えてもすでに13年をこえている。これまでお話してきたように、今では日本全国の茶産地・茶農家とつきあいながら、各地の…
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