■コーナーキックの正式誕生

 CKはフリーキック(FK)の一種と考えていい。相手側は9.15メートル離れていなければならず、相手に妨害されることなくキックすることができるからだ。全17条のルールの最終条、「第17条」にコーナーキックについての規則がまとめられている。

「コーナーキックは、グラウンド上または空中にかかわらず、最後に守備側競技者が触れたボールの全体がゴールラインを越え、得点にならなかったときに与えられる」(『サッカー競技規則 2019/20』)

Jリーグでは1試合平均のCK数は約10本。1つのコーナーエリアは1試合平均2.5回使われることになる
Jリーグでは1試合平均のCK数は約10本。1つのコーナーエリアは1試合平均2.5回使われることになる

 ここで「得点にならなかったとき」と書かれ、「ゴール内以外でゴールラインを越えたとき」と書かれていないのは、キックオフやFK(直接でも間接でも)から直接味方ゴールに入れてしまったときには得点にならず、CKになるからである。

 1863年、最初のサッカーのルールが書かれたころ、CKはなかった。ボールがゴールラインの背後に出たときには、今日のラグビーと同様、両チームの重大な争いとなった。攻撃側のチームが最初にボールを地面に押さえれば、ゴールに向かってFKをける権利を得た(ラグビーの「ゴールキック」と同じだ)。そして守備側のチームだったら、サッカー風のゴールキック(GK)となった。当時は、タッチラインを割ったボールも、最初に触ったチームがスローインの権利を得ることになっていた。ゴール背後での醜い争いをなくそうと、1867年のルール改正では、どちらのチームがボールを出してもゴールキックになることになった。

 当時、イングランド中部の都市シェフィールドでは独自のルールでプレーしていたが、1865年から2シーズン、ゴールラインを割ったボールは最初に触れたチームがコーナーポストのところから投げるという形がとられた。

 1867年の3月、『シェフィールド・デイリー・テレグラフ』という新聞の記者が「コーナーフラッグから投げるのではなくけることにしたら」という提案をし、その夏から採用された。

 ロンドンの「協会(The Football Association)」は情勢を見守っていたが、1872年になってコーナーフラッグからけるというシェフィールドのルールをそのまま採用。翌1873年、「守備側が出したらCK、攻撃側が出したらGK」という今日につながるルールにようやくたどり着くのである。

 ただし、「コーナーキック」という名称が正式にルールブックに載るのは1883年、さらに10年の年月を要した。1875年にルールに明記されたときには「コーナーフラッグ・キック」という名称だったのだ。

「コーナーキック」の正式誕生から1年後の1884年、ボールを置く場所が「コーナーフラッグ」という表現から「コーナーフラッグから1ヤード以内」と改められた。

 実際、コーナーフラッグ上にボールを置くなどという芸当ができるのは「染之助・染太郎」ぐらいだろうし、コーナーフラッグにくっついた状態でボールを置いても非常にけりにくい。まあ、適当に近くにボールを置いてけっていたのだろう。それを「1ヤード以内」と明記する必要が生じたのは、プロ選手が跳梁跋扈する時代になり、勝負へのこだわりがサッカー誕生のころに比べて格段と強くなっていたために違いない。私には、「離れてるぞ!」とボールを指さしながら叫んでCKを遅らせようとする守備側の選手の表情さえ想像できる。

 だがその距離を明確に示すコーナーフラッグから1ヤードの4分の1円はなかなか引かれなかった。一部のグラウンドでは20世紀初頭には描かれ始めていたようだが、ルールで正式に描くことが求められるのは、1938年になってからのことである。「コーナーエリア」の誕生である。

  1. 1
  2. 2
  3. 3