大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 第21回「GKたちの見果てぬ夢」の画像
生涯通算131得点のスーパーGK ロジェリオ・セニ 写真:AP/アフロ

昨年のノーベル文学賞をとったペーター・ハントケの小説「ペナルティキックを受けるゴールキーパーの不安」(1970)は、ヴィム・ヴェンダース監督によって「ゴールキーパーの不安」(1971)として映画化されている(脚本はハントケ自身)。普段はひとりだけ色が違うシャツを着て、狭いペナルティーエリア内をうろうろしているGKが、試合中に退場になり、そのまま試合会場を離れて街をほっつき歩く映画だ。そう、GKは自由を欲している。

 ■山岸範宏(モンテディオ山形)の劇的ゴール

ゴールキーパー(GK)たちにとっていちばん嫌な仕事は何だろう。それは、ゴールを決められた後、ゴール内からボールを拾い上げることに違いない。

 こっちがリードしている状況なら、「1秒でも無駄にしたくない」とばかりに、相手チームの選手が血相を変えて飛んできてボールを拾おうとする。だがリードを許すゴールだと、相手は当然来ないし、味方のDFたちはそれぞれに自分の内側に引きこもってしまっているから誰も手など貸してくれない。自然、GKがボールを拾いに行かなければならない。

 だがゴール内は意外に広く、ネットは外側に向かって傾き、大きくたわんでいる。いちばん奥に止まったボールを取り出すには、片手でネットを押し上げ、足を伸ばしてつま先でボールを引き寄せなければならないのである。サッカー選手に悲哀があるとしたら、このときのGKに勝るものはないのではないか。

 GKたちは夢を見る。それは何よりもまず、自らのゴールにボールを入れられることの対極にあるもの、そう、「点を取る」ことではないか。

 Jリーグの歴史で屈指のドラマチックなゴールのひとつが、2014年のJ1昇格プレーオフ準決勝、ジュビロ磐田対モンテディオ山形の決勝点だということに異論をはさむ人は少ないだろう。J2で4位の磐田と6位の山形の対戦は磐田のヤマハスタジアムで行われた。90分を終えて同点なら上位チームが決勝進出だ。試合は山形が先制したが、前半の追加タイムに磐田が追いつき、1-1のまま後半も45分を回った。

 山形が右CKのチャンスをつかんだのはそのときだった。山形ベンチからGK山岸範宏に「上がれ」の声がかかる。淡い緑色のユニホームに身を包んだ山岸は磐田陣のペナルティースポットのあたりまで進み、そこから右前に走った。石川竜也の左足から送られたボールがきれいな孤を描いてゴールエリアの右角あたりに落ちてきたとき、そこには誰よりも高くジャンプした山岸の頭があった。首をひねりながらヘディングしたボールは、磐田ゴールの左上に吸い込まれた。この劇的なゴールで決勝に進んだ山形は、決勝戦でJ2で3位のジェフ千葉に1-0で競り勝ち、4年ぶりのJ1昇格を決めた。

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