■東京五輪を前に思うこと

 2013年9月に2020年夏季オリンピックの開催都市を決めるIOC総会がアルゼンチンのブエノスアイレスで開催された。日本の最終プレゼンテーションには、私も注目した。そのなかで、安倍晋三首相の「エブリシング・アンダー・コントロール」には「何言ってんだ」と怒り、猪瀬直樹都知事の「銀行には預金がうなっている」発言には、「はしたなさ」しか感じなかった。

 だが最大の衝撃がフランス語で直接IOC委員たちに訴えた滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」であったことは、私も人後に落ちない。あの言葉を聞いて、「そうか、日本はおもてなしの国だったのか」と、改めて気づく思いがした人は少なくなかったのではないだろうか。

 だが本当にそうだろうか。外国からの旅行者に対して多くの人が笑顔を見せるかもしれないが、世界に筋金入りの「ホスピタリティー大国」が数あるなか、理由もなく、「日本のホスピタリティーは世界一」と思い込んでいないだろうか。家の大小にかかわらず、どれだけの日本人が外国からの客に対して「自分の家のようにくつろいでください」と言えるだろうか。

 開催が1年間延期された東京オリンピックは、「新型コロナウイルス後」で世界の人びとが初めて集う「人類の祭典」となる。この大会を迎えるにあたって、私たちは「ホスピタリティーも誰かが計画して進めてくれるのだろう」と思ってはいないだろうか。「本物のホスピタリティー」を考え直してみるべきではないか――。

 ちょっと色のついたメガネをかけ、少し気取った態度で話しかけるイルスタさんの甲高い声を思い出すたびに、私はそう思うのだ。

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