■河川敷全体に膨大な濁水がたまった

 埼玉県と山梨県、長野県が接する奥秩父の甲武信ケ岳(標高2475メートル)に源流を発する荒川は流域面積2940平方キロという関東の大河。173キロを流れて東京湾に注ぎ込む。「暴れ川」を意味するその名のとおり、江戸時代からその治水は大きな政治課題だった。レッズランドは、その広大な「河川敷」につくられていた。さいたま市から戸田市にかけて「彩湖」と呼ばれる大きな調整池があり、荒川増水のときにはそれで対応するのが通常だったが、このときには降り始めからの雨量が上流部で600ミリ近くに達した。

 レッズランドの西側に、堤防が一部低くなっている「越流堤」のひとつがあり、そこを河水が越えると広大な河川敷全体に水がはいる。そこにため込むことによって下流地域にあたる東京都内での水害を防ぐというのが、荒川の重要な治水計画だった。

 河川敷と言ってもこのあたりは私有地になっており、田んぼが広がっている。レッズランドも多数の地権者からの借地の上につくられていた。だが本来、この土地はあくまでも「河川の一部」にあたる河川敷であり、国交省の管理下にあった。もちろん、「越流堤越水」はレッズランド15年の歴史で初めてのこと。水が入った結果がどうなるか、見当はつかなかったが、「相当大変なことになる」と、松本さんは覚悟を決めていたのだ。

 だが、翌朝、土手から見た状況は想像を超えていた。レッズランドの近くに住むスタッフから早朝に送られてきた写真を見て理解はしていたが、実際に見ると、膨大な水がたたえられた状況は松本さんをうならせた。

 しかしここで松本さんは思った。

「これが、これからの俺の仕事だ。レッズランドを再生するというこの仕事をするために、神様はここに俺を送り込んでくれたんだ」

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