■ミュシャの「スラブ叙事詩」とジシュカ

大西 先日、日本にも来たアルフォンス・ミュシャの「スラブ叙事詩」も歴史が題材ですね。「スラブ」という題名ですが、かなりチェコの歴史を描いたものが多かったですね。フス派がらみの絵も多くて、ヤン・フスも、ヤン・ジシュカも描かれていました。でも、ミュシャは戦争の絵でも戦場そのものは描かなくて、もの悲しい印象ですね。ジシュカの絵も、戦いが終わって死体が転がっているような場面ですし。普通はああいうテーマだと英雄が華々しく活躍しているところを描くと思うんですが……そういうところがまたいいですね。

注:アルフォンス・ムハ(ミュシャ)(1860-1939)は20世紀初頭のチェコを代表する画家。「スラブ叙事詩」は全20枚でスラブ民族の歴史を描いた晩年の代表作。2017年に東京・新国立美術館で展示されて大きな話題となった。9枚目はヤン・フスの説教、11枚目は十字軍を撃退した後のヤン・ジシュカが描かれている。13枚目には『乙女戦争』終盤に登場するフス派のボヘミア王イジーが描かれる。

ホリー 「スラブ叙事詩」は、一種マンガ的な表現だと思っています、ミュシャは若いころ舞台美術を手がけていたので、一枚一枚の絵が演劇の一場面のようになっているんですね。光の使い方も舞台のようですね。彼はあの作品をチェコの独立(1918年)に際して手がけたんですが、完成したのはそれから8年たってから(1926年)で、その頃には彼の作風は古いと見なされるようになった……というエピソードもあります。

大西 なるほど。

ホリー 大西さん自身は、ミュシャの絵なんかを参考にしたりすることがあるんですか? というのも、わたしは今年から埼玉大学で日本のコンテンポラリーアートを見ながら欧州のアートを学ぶという授業を担当してまして、マンガなんかも授業に使用するものですから。

大西 ぼく自身はそうでもないんですけど、ミュシャの影響を受けた日本のマンガ家は多いですね。ぼくは本当に見よう見まねでマンガを描いているので。絵も得意ではないですし……。

ホリー いやいや! わたしの中では、フスもジシュカもすっかり大西さんの絵のイメージですよ。

■禿げ頭のプロコプ

大西 そういえば、『乙女戦争』でヤン・フスの顔をヒゲもじゃで描いたんですけど、あとで「当時の聖職者はヒゲを生やしていなかった」と指摘されて「しまった!」と思いました(笑)。いま残っているフスの絵は、後世の人が描いたものなのでみんなヒゲを生やしているんですよ。それを参考にしたんですけど、時代考証が間違っていた(笑)。ヒゲをそって、頭頂部もそるのが当時の聖職者だったんですね。ただ、フス派の聖職者の中には、カトリックに反対して、あえてヒゲを伸ばしたり、髪をそらなかったりする人もいたらしいんです。その中で、プロコプ・ホリーだけはヒゲも髪もそっていたと。「ホリー」というのはもともと「禿げ」とか「毛がない」という意味で……。

フス派・ターボル軍の指導者プロコプ・ホリー。

ホリー そうなんです! わたしも子どもの頃から名前のせいで「ハゲハゲ!」とからかわれたりしてました。「不毛のペトル」という意味ですから……。ほかに「銭がない」という意味もあるんです。ですから、「なんでこんな名字なんだろう」と子どもの頃は思ってました(笑)

大西 もともとはあだ名みたいなものなんですよね。でも由緒ある名前だと思えば……。

ホリー はい、あるとき祖父に「うちの名前は、歴史上の英雄と同じなんだから……」と言われました。ただ、ポーランド語やロシア語でも同じ意味なので、そっちの人にも笑われます(笑)。

大西 『乙女戦争』で最初プロコプ・ホリーを描くとき、「ヒゲがない」という資料と「髪がない」という資料があって、どっちか分からなかったんですよ。それで両方なしで描いたんですが、結果的には合っていた(笑)。

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