■『赤い瞳のヴィクトルカ』の由来

ホリー ところで、うかがいたかったことがあるのですが、『赤い瞳のヴィクトルカ』の主人公は、なぜヴィクトルカという名前なのですか?

『外伝I』の主人公ヴィクトルカは家族を亡くし娼婦に身をやつす。

大西 それはですね、チェコの有名な小説の『お婆さん』から取っているんです。

ホリー やっぱり!

大西 その小説に出て来る、気のふれた悲劇の少女がヴィクトルカというんですね。

ホリー そうですそうです。チェコ人なら、ヴィクトルカという名前を聞けば100%その『バビチュカ』……『お婆さん』のかわいそうなヴィクトルカを思い浮かべると思います。最初は、ほんとうにそういう人がいたのかな、と思ったのですが(笑)。

注:『お婆さん』は、チェコ近代文学の巨人、ボジェナ・ニェムツォヴァー(1820-1862)作の小説。邦訳は『チェコのお婆さん』として彩流社から出版されている。

大西 ぼくのマンガに出てくるヴィクトルカは架空のキャラクターです(笑)。

ホリー 『赤い瞳のヴィクトルカ』も『お婆さん』も、どちらも切ない話で……とてもいいです。

大西 外伝では、本編では描けなかったことをやろうと思っていたので、『ヴィクトルカ』ではプラハの貧しい市民を描いたんです。彼らも重要な役割を果たしたので。フス戦争の始まりって、フランス革命に似ていると思ってるんです。プラハの市民がお腹を空かせて暴動を起こした……フランス革命では、市民がバスチーユの牢獄を襲ったでしょう。そして政治劇が起きて戦争になっていく……そういう点が共通するんですね。ですから、フス戦争はもっと注目されてもいいんじゃないかなと思ってるんです。

ホリー たしかに、これまで英雄伝としてとらえられてきた面はあると思います。

大西 かといって、貧しい人たちのすることが、常に正しいわけではないと思うんです。怒りにまかせて略奪したり……そういう悪い面も合わせて描写したつもりです。

プラハの庶民の怒りがフス戦争の要因のひとつだった。『赤い瞳のヴィクトルカ』1話より。

■農具を武器に使ったフス派軍

ホリー 作中では鎌や農具を武器にしていますけど、実際もそうだったんですか?

大西 はい、実際にフス派の農民兵士たちは農具を使っていたそうです。

ホリー フレールという道具とか……。

大西 そうそう、日本語で言うと唐竿ですね。麦の穂を叩いて脱穀するものですが、その先に鋭いトゲを付けて、強力な武器にしたりしてたわけです。フレールは、フス派を象徴する武器としても描かれます。

『乙女戦争』で農具を手に戦う農民たち。左側に描かれているのがフレール。
ターボル、フス派博物館に展示されているフレール(撮影:大西巷一)

ホリー わたしの実家の納屋にもフレールが何本かありました。だから、庶民にはほんとうに身近な道具だったと思います。いまでも、田舎のほうのレストランに行くと、インテリアとして飾ってあったりしますよ(笑)

大西 へー!

ホリー 子ども心に、これで打たれたら痛いだろうなあ……と。祖父に聞いたら「死ぬよ」って(笑)。棒の先に突起がついたような武器もあったでしょう?

大西 モーニングスターと呼ばれる、中世の武器ですね。日本ではああいうものはないですね。

ホリー 日本の侍はああいう汚い武器は使わないから……。

大西 いや、侍は侍でいっぱい汚い武器を使っていたと思いますが(笑)。

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