■あと10年はできたのに……

 そのとき、私は、自分が大きな間違いをしていたのに気づいた。「神」が降臨するのは、右足に限ったことではなかったのだ。憲剛の左足にも、神はこれまでたびたび舞い降りた。全治7カ月という重傷を負ってなお……。

 今季優勝を決定的にする勝利を大きくたぐり寄せる勝ち越しゴール。憲剛は拳を振って歓喜を表現した。そのゴール、そのプレーを見ながら、私は「あと10年はできる」と思った。揺らぐことのない「職人芸」の上に組み立てられた彼のプレーの進化は、「頭脳」の進化にほかならない。それなら、40歳を過ぎても、まだまだ進化できるはずだ。目さえ悪くならなければ、あと10年、Jリーグのトップクラスの試合のなかで、憲剛は進化を続けられるだろう――。

 憲剛が今季限りでの引退を発表したのは、その翌日のことだった。出処進退は個人の人生の問題であり、外からとやかく言うべきではない。しかしJリーグを見る喜びがまたひとつ減ってしまうのかと、寂しい思いがしたのは、私ひとりではなかっただろう。しかも、まだまだ「新しい憲剛」を見られると確信をもった翌日だっただけに、よけい残念な思いが強かった。だが、「無観客」のなかではなく、数は少なく、声を上げることもできなくても、彼が愛するサポーターの心のこもった拍手のなかで憲剛が選手生活を終えられることに、私は小さな慰めを覚えた。

 11月14日の鹿島アントラーズ戦(アウェー)を含め、Jリーグの残りは8試合。川崎は、天皇杯にも、準決勝から出場することが確実だ。憲剛の「ファイナルカウントダウン」は「10」から始まる。そのひとつも見のがしてはならないと、気がせいてくるのを抑えることができない。

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