■流星や彗星の見間違い? ザンネン、不正解でーす!

これは『吾妻鏡』ではないが、鎌倉時代のUFO出現事例と噂される事件、日蓮の龍ノ口法難を描いた一枚/歌川国芳「高祖御一代略図・相州竜の口法難」/大英博物館蔵

「鎌倉時代にUFOが目撃されていた!」などと言うと、当然、「いや、それ流星や彗星の見間違いでしょ」とせせら笑う否定派の方も少なくないだろう。はい、ザンネ~ン! 『吾妻鏡」では流星、彗星などの天文現象と「光物」ははっきり書き分けられているのだ。

 当時、天文の専門家だった陰陽師(しかも安倍晴明の末裔である安倍一族!)が、詳細に天文現象を記録・分析していて、そのなかでも正体不明の発光現象に「光物」と名付けている。要はプロお墨付きの謎の発光現象が「光物」というわけだ。

 もちろん、先に挙げた12例のなかでも「流星だろう」と分析しているものもある。嘉禄二年(1226)、安貞元年(1227)、嘉禎三年(1237)の3例だが、その一方で「妖気」「炎の光のような(もの)」などと、「光物」とは書いていないものの、UFOらしきものを描写した記事もある。

 また、光物は鎌倉の上空だけでなく、地表近くにも出現している。しかも、鎌倉幕府の要人の邸宅にだ。例えば、貞応二年(1223)12月、『鎌倉殿の13人』の主人公・北条義時(演・小栗旬)の館にも出現したとある。なお、この当時、ライバルをすべて蹴落とし、完全に権力を掌握していた義時だが、この光物出現の半年後、謎の急死を遂げる。

■三代鎌倉殿・源実朝はエイリアンと接近遭遇していた!?

エイリアンから警告を受けていた(?)三代将軍・源実朝/豪信『國文学名家肖像集』/ウィキメディアコモンズより

 鎌倉幕府の要人の前に現れた「光物(もうUFOと書いていいですかw)」ということで、編集部が最も注目したのが建暦三年(1213)8月18日の記事だ。

 驚くなかれ、鎌倉幕府のトップである第三代鎌倉殿・源実朝(演・柿澤勇人)が光物どころか、エイリアンと接近遭遇していた可能性があるのだ。以下、生々しい記事の描写を紹介する。

【原文書き下し】

丑尅に及び、夢の如くし而靑女一人、前庭を奔り融る。頻に之を問は令め給ふと雖も、遂に以て名謁不。

而るに漸く門外に至る之程、俄に光物有り。頗る松明の光の如し。
 丑尅(丑の刻)つまり深夜2時頃、灯りも消え寝静まった御所の庭でひとり、実朝が歌を詠んでいると、突然、青女が庭を走り抜けた。「誰だ、名前を名乗れ」と何度も問いかけるも返事はなく、女が門の外に消えた瞬間、光物(UFO)が現れ、松明(たいまつ)のように煌々と光を放ったというわけだ。

 青女と見ると「アバターのアレか?」「いや妖怪・青女房か?」と妄想は膨らむ一方だが、残念ながら辞書を調べると「宮仕えしていない身分の低い女、若い女」とある。とはいえ、深夜の御所内を一般の若い女性が猛ダッシュしていたら、それはそれで不可解極まりない。

 ましてや、「謎の人物を見失った途端、UFOが現れた」なんて、UFO目撃事件の典型的なパターンだ。もはやこれは、「源実朝はエイリアン/UFOと接近遭遇していた」と考えていいだろう。

■UFO(光物)は実朝に危機を警告していた!?

 考えてみれば、「米大統領就任式の上空にUFOが出現」「歴代大統領はエイリアンと密約していた」など、時の最高権力者とUFOあるいはエイリアンの接近遭遇の噂は数々ある。だとすると、鎌倉の最高権力者である実朝とも本当は何らかの会談が行なわれていた可能性もなくはない。

 実際、この3年後に実朝は突如、「私は唐(中国)に渡る!」と宣言し、大船を建造するという不可解な行動に出ている。そして、さらにその3年後に非業の死を遂げるのだ。こうした謎の行動や死から逆算して考えると、深夜に突如現れた謎の人物から自身の危機について警告を受けていたのではとも考えられる。

 そもそも『吾妻鏡』は、情報隠蔽や歪曲が数々指摘されている”いわくつきの公式文書”だ。ただの怪異を記した記事に見せかけて、その実、重大な歴史ミステリーを隠している可能性は少なくない。

 編集部では今後も『吾妻鏡」にまつわる謎を追っていく。読者の皆さんも「こんな不可解な記述がある」あるいは「地元の伝承に『吾妻鏡』から消された秘密が伝えられている」などなど、情報提供をぜひお願いしたい。

参考文献
『現代語訳吾妻鏡(全16巻)』五味文彦・本郷和人[編]/吉川弘文館
『鎌倉武家事典』出雲隆/青蛙房
『鎌倉殿と呪術 怨霊と怪異の幕府成立史』島崎晋[著]/ワニブックス