■死んだ者を生き返らせることは可能なのか!?
テスモフォリアの根底にあるのは、デメテルの神話です。彼女はゼウスやハデスといったギリシアの神々の頂点にいる兄弟姉妹のひとりです。蛇の姿になった弟でもある主神ゼウスと交わり、コレーという美しい娘をもうけます。
たいそう美しく多くの神々から求婚されるコレーとともにエレウシスという地に渡って穏やかに暮らすつもりだったのですが、やはりコレーに一目惚れをした冥界の王ハデスに娘を攫われてしまいます。我が子を失ったデメテルは泣き叫びながら世界各地をさまよい、娘を捜し回ります。これが祭りの二日目の断食の元になった出来事で、恵みをもたらす女神が仕事を放棄してしまったため、一年間すべての実りがなくなってしまいました。
困り果てたゼウスが、冥界に連れ去られたコレーを地上に帰すことを決めますが、コレーはすでに冥界の果実「ザクロ」を食べたため完全に生き返ることはできず、一年の三分の一を冥界でハデスの妻として過ごさなければならなくなってしまったワケです。コレーはこの時から冥界の女主人ペルセポネと呼ばれるようになります。
どことなく日本神話のアマテラスが岩戸に隠れた神話に似ているこのお話は、果実の実らない冬ができた理由ともされているのですが、日本神話と違うのはハデスに誘拐させた(コレーとの結婚を許した)のが、他ならぬコレーの父である主神ゼウスだったというところです。
■神話から“宗教”を生み、キリスト教にも影響を及ぼした死者の“よみがえり”
この神話は、“一度死んだ者がよみがえる”ことからギリシアの人々に強烈なインパクトを与えました。元々この儀式はエレウシスの地で行なわれた秘密結社的な性質を持った儀式で、『エレウシスの秘儀』などと呼ばれました。
ルーツを辿ればメソポタミア文明の女神イナンナ/イシュタル神話が形を変えたものですが、エレウシスを征服したアテネにもこの祭礼は受け継がれ、さらには古代ローマにも“古代の宗教”として伝わりました。
途中から豊穣神がデメテルなのかペルセポネなのか曖昧になってきますが、デメテルとコレーを同一とする考え方もあるのです。コレーという名前には『乙女』という意味が含まれデメテルの処女時代を示しているとされ、冥界の女王として老婆の姿で描かれるヘカテーとともにデメテルの一形態とも考えられました。
ローマがキリスト教国となった時に禁じられたのですが、エレウシスの秘儀は密儀宗教としてその後も細々と生き続けたようです。やはり死んでから生き返った神話のあるディオニュソスや、日本のイザナギ神のように死んだ妻を冥界まで取り戻しに行ったオルフェウスの神話と繋がり、イエス・キリストの復活とも関連付けられたものと考えられます。
■“女だけの祭り”には、こんな側面も……
なお、テスモフォリア祭の三日目には、現代から見るとかなり猥雑な雰囲気があったようです。男子禁制で、社会的には男性に従属に近い(ただし、家庭での立場は夫よりも強かったともいいます)状態にあった女性たちのストレス発散の意味もあったのかもしれません。
断食明けに食べられたお祝いの中では、蛇あるいは男性の性器をかたどったものをお守りとして持ち帰ったり、女性器をかたどったゴマと蜂蜜のケーキなどが供されたと、祭りの様子を記した文書に残されています。もっとも書いている人物は男性で、実際に祭りには参加できなかったはずなので、真偽のほどは定かではありませんが……。