■サッカーの起源は中国の「蹴鞠」だった!
“蹴鞠”と書かれていれば、「けまり」と読みたくなってしまいますが、最近は「しゅうきく」と読むことが多くなりました。NHKの今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも、「しゅうきく」で通っています。
日本でも平安・鎌倉時代に貴族の競技あるいは遊戯として、後の時代には子供のボール遊びとして「蹴鞠」が広く遊ばれていました。そのルーツを辿ると、中国古代の大国“殷(いん)”(中国では“商”が一般的)にまで遡れるといいます。
古代中国の歴史は近年の発見で大きく塗り替えられつつあるのですが、殷といえば亀の甲羅や動物の骨などに記録された“甲骨文字”が占い等に使われたことが日本でも知られています。その記録に、“弓”と記録されているのが、蹴鞠、そしてサッカーの原型であると中国では考えられています。
……そう、ご存じの方もいるとは思いますが、この中国発祥説は「FIFA(国際サッカー連盟)」公認なのです。中国のサッカーの歴史を伝える博物館では、誇らしげにFIFA会長の署名が入った認定証が展示されています。
■古代中国の伝説の帝王「黄帝」がサッカーを発明した!?
中国の神話時代の伝説的存在、“黄帝”が発明し、プレーしたともいわれますが、ゲーム的なものではなく狩猟の一環として石のボールを使っていたようです。もともと神話時代の伝説は不確かなもので、この辺りの伝説がサッカーのルーツといえるかどうかは、中国でも懐疑的な声があります。
これが、紀元前700年代から始まる春秋戦国時代にはもっと確かなものになります。日本でもマンガになってよく知られている『封神演義(ほうしんえんぎ)』の主人公“太公望(たいこうぼう)”が始祖とされ800年以上続いた大国“斉”が、軍事訓練として「弓・蹴鞠」を取り入れていたことは古代中国の歴史書『史記』にも記されています。
「弓」自体はボールを指す言葉でもあり、漢代の記録には、袋状にした皮で毛を包んだボールが用いられたとあります。唐代には、動物の皮を息で膨らませて、口を閉じたものが使われるようになったということです。