■かつて全国的に名を知られた赤線地帯「M社交街」

かつて沖縄各地の米軍基地の傍には数々の赤線地帯が生まれた

(写真はMと並び称された赤線だったコザ・八重島の様子)

 沖縄県某市にかつて存在していた「M社交街」をご存知だろうか。古くは終戦直後に米軍向けの置屋として栄えた赤線地帯だったが、90年代頃から全国的に有名になった。店前に座っている女性と直接、交渉するシステムで料金は15分5千円、30分1万円。

 筆者はかつて、この社交街で働いていた女性達を取材してきたことがあった。ホストのツケが払えなくなって売られてくる女性など悲壮感漂う場面がある一方で、リゾートバイト感覚で県外から働きに来ている女性もいた。

 だが、M社交街は2009年には地元の女性市民団体の反対もあり、当時の市長が浄化作戦を行った。ついには沖縄県警が見回りを行い摘発され、2011年にはかつての赤線地帯は壊滅状態となった。その後、一帯にはメンズエステなどがオープンするも摘発され、数年に渡ってゴーストタウンとなっていた。

■旧・M社交街と人気酒場の女将殺害事件の因縁

大通りから一本入った路地に「置屋」が軒を連ねていたM社交街。しかし、一時ゴーストタウン化し、現在は次第に住宅街に変っていっているという。(撮影/筆者)

 筆者もしばらくの間、旧真栄原社交街の様子を観察していたが、コロナ禍もあり大きな動きは見受けられなかった。だが先日、あるニュースがきっかけでふと思い出すこととなったのだ。

 2022年8月、那覇市の人気酒場「おでん東大」店主の女性が死亡する事件が起きた。当初は変死体として捜査が進められていたが、事件から約4カ月後の12月に状況は一変。被害者の娘とその夫が殺害容疑で逮捕された。

 しかも事件の背景をを調べていくと、この夫が2017年にゴーストタウンとなっていた旧・M社交街のかつての置屋を改装し、アートギャラリーとしてオープンさせたていたことがわかった。当時、手つかずだった置屋をアート街として生まれ変わらせようとしたことから、地元紙やテレビ局などからこぞって取材を受けた人物だったのだ。

 だが2020年、ギャラリーは原因不明の火災で全焼してしまう。再建を目指してクラウドファンディングで支援を募るものの目標金額には及ばなかった。店主殺害事件はギャラリーの資金繰りも動機の一つだったのではとも報道されている。

「だから、あの旧社交街は”いわくつき”なんですよ……」

 そう漏らすのは、2005年から”浄化作戦”の頃までM社交街で働いていた女性、ユミ(仮名)だ。

「全盛期には月100万円近く稼いでいましたが、浄化作戦がきっかけで退店しました。私が店を休んだ日にオーナーが逮捕されたんです。その後、知人からオーナーが出所したら連絡をすると言われていたのですが、今も連絡はありません。もうとっくに出所しているはずなのに、きれいさっぱり行方がわからなくなってしまったんです。また、当時、働いていた女の子はも音信不通になってしまいました」

 しかも、当時ユミと付き合いのあった社交街の人間も立て続けに行方不明になっていると彼女は言う。

「同じ頃に社交街で働いていた地元の友達がいるのですが、お客さんだった男性と付き合って店をやめたんです。でも、その恋人からDVを受けていたうえ、お金も貸していたそうで、彼のために借金をしたと聞きました。それを最後に彼女も連絡が取れなくなったんです……」

 ユミは地元の風俗や水商売系の知人やスカウトマンを当たったが、結局、その後友人を見かけた者はいなかったそうだ。

■M社交街にまつわる怪異がないのはなぜ?

 ユミの証言をもとに「いわくつき」の真相を探った。やはり何らかの因縁があるのでは? と調べてみたが、ニュースサイトを見ても事件の話題は一切出て来なかった。

 ネットに溢れる沖縄の心霊スポットの噂を探ってみても、M社交街にまつわる怪談めいた話すらない。また、事故物件サイトでも社交街を避けるようにそこだけぽっかりと空白地帯となっている。そう、むしろ不可解なぐらい怪異がないのだ。

 前出のおでん東大の事件や不審火、DV男を恋人にもった女性の失踪は、いわば人の欲が起こした事件である。また、元社交街という場所柄、悲しい女性たちの歴史も積み重なっている。なぜ、この一帯で怪異は起こっていないのか。

■すぐ隣にあった「聖なる森」が結界となっていた⁉

 実は、社交街のすぐ隣街の大謝名(おおじゃな)には黄金宮(くがになー)という「初代中山王を生んだ天女を祀る森」がかつてあった。奥間大親(オクマウフヤ)と天女の間に生まれた「察度(サット)」が初代中山王として即位する前に楼閣を造営し居住した場所で、周辺一帯からはグスク時代の土器や中国製の陶磁器などが出土しているという。

M社交街の目と鼻の先には、巨大な霊的パワーをもったノロだったと思われる「天女」を祀る森があったという(写真はイメージ/ACphoto)

 もしかすると、Mという地域には様々な事情でこの街に流れてきた女性たちを守る「結界」のような力が働いていたのかもしれない。考えてみれば、古くから祭祀を司った神女「ノロ」や神や祖霊の声を仲介する民間の巫女「ユタ」などスピリチュアルな力をもった女性が多いのが沖縄の特徴。国王以上の権威をもっていたとされる沖縄の霊的/精神的な最高権威「聞得大君(きこえおおきみ)もまた代々女性である。

 そうした霊的な力をもった「天女」を祀る森の目と鼻の先にあった旧・M社交街の周辺で怪異が起こらなかったのも、考えようによっては必然ともいえる。そんな地域を汚いもののように踏みつぶすように閉鎖させたことから、よくない気が溜まり、不審火やユミのいう失踪事件が起こるようになってしまったのではないのだろうか。

 現在の社交街は一部ではあるが、旧置屋を取り壊してアパートが建設されて住宅地になっている場所もある。老朽化が激しい置屋は空き家のままだったが、何軒かは倉庫として利用している様子も見られる。

 ユミは「浄化作戦以降はこの住所に住みたがる地元民はいなく、再開発がうまく行かなかった」という。地元の人からはいわくつきと言われるほどになってしまったが、”浄化”の名のもとに女性を守ってきた結界のようなものが解かれてしまったのではないのだろうか。