■美人でお嬢さま。周囲を見下す嫌われ者だった女

美人だがお客にもキャストにも嫌われていた女、マイカ

写真はイメージ/photoAC

 私は10年以上前、都内のとあるキャバクラで働いていた。といっても高級店ではなく比較的リーズナブルな大衆店。働いている女の子は20代前半から30代半ばまでと幅広い。私はレギュラーキャストとして働いていたが、たまに来るアルバイトでマイカという28歳のキャストがいた。

 マイカは美人系なのだが仕事はやる気がなく、いつも更衣室で客の悪口を言っていた。「さっき、ついた客がドリンクも出してくれなかった」とか「やっぱり、結婚するなら社長でしょ」とか。同僚のキャストをどこか見下している節もあり、その本性が透けて見えるのか指名もなくキャスト間でも孤立気味だった。

 また、マイカは「実家は金持ちで一人娘のお嬢様育ち」だそうで、金持ちの男と結婚してさっさと夜業から卒業したいらしい。そのためなのかSNSでは常にキラキラ生活ぶりをアピールしており、私に度々、見せつけていた。おそらく、そんな生活のために金が必要で大衆店のキャバクラで働いていたのだろう。

■突然現れた“白馬の王子様”

爽やかな青年実業家。店内での評判も上々だったが……

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 そんなある日、マイカが興奮した様子で私に話しかけてきた。見ると、マイカのスマホに金持ちそうな爽やかイケメンの画像が映し出されていた。

「実はさ~、彼氏できたんだよねっ♪」

 マイカの彼氏は少し前に飲みに来た客だった。名前はフジタ(仮名)といい、30代半ばにしてコンサル会社の社長で港区のタワマンに住んでいるという。さらに車はベンツとあまりの好条件に少し怪しい男だ。

 その日以来、フジタは度々店に現れるようになった。私も一度、ヘルプで席についたことがある。想像よりも爽やかで絵にかいたような好青年だったので、少し拍子抜けしてしまった。羽振りのよいフジタは複数のキャストを指名しており、女の子からも大人気だった。

 ただし、一人だけヘルプについたキャストのA子だけは違った。

「なんか……あの人”いい人”を演じているみたいで怖いですよね。たまに目がガラス玉みたいに冷たいし……それにわたし、どっかで見た覚えが……」

 と、席につくのをひどく嫌がった。

「そう? ああいう客なんてよくいるし、気のせいじゃない?」

 そのときはそんな話をしながら、フジタのことは特に気にも留めていなかった。

 それから1カ月ほど経った頃だろうか。マイカが「彼と結婚することになった♪」と言ってあっさりと店をやめたのは。

 しかも、フジタはマイカの家に婿入りすることになったという。フジタのような社長がわざわざ名字を変えるような真似をするのかと疑問が残ったのはさておき、こうしてマイカはあっさりと店をやめた。

 マイカは金持ちの男と結婚して幸せに暮らす……と誰もがそう思っていた。このときまでは──。

■変わり果てた姿で現れたマイカ。彼女にいったい何が……

 マイカがやめて正直、せいせいした……といいたいところだが、そうもいかなかった。ほぼ毎日のように更新されるマイカのSNSが嫌でも目につくからだ。派手な遊びっぷりや、ぜいたくな海外リゾートホテルとかあまりのキラキラぶりにうんざりして私はマイカのSNSをフォローするのをやめた。

 それから数カ月後、マイカの存在すらすっかり忘れかけた頃、店長に呼び止められた。

「アユミちゃん、マイカと仲良かったよね? 実はさ……」

 仲良くはないけど……そう喉まで出かかったが、いつもより深刻そうな店長の顔に「何かあったんですか?」と思わず聞いてしまった。

「実は、マイカが店に来たんだよね──」

 店長の話によるとこうだ。いつものように開店前に店長が出勤すると、マイカが突然店に現れたという。それもげっそりと痩せて、髪はパサパサ、一気に10歳も老け込んだような容貌で「また、働かせてほしい」と頼み込んできたそうだ。

 面食らった店長が「えっ……、ダンナはOKなの、新婚でしょ」と尋ねると、マイカはこっちを見るでもなくブツブツと意味不明なことをつぶやいていたという。なんとも言えない寒気を感じた店長は「面接をまた受けるならいいけれど、今のままでは心配だから」と、やんわり断ったという。

■すべてがウソだった青年実業家のヤバすぎる狙いとは?

一人だけ危険に気づいていたキャストが語った男の危険な正体とは…… 写真はイメージ/PhotoAC

 その日、店はマイカの噂で持ち切りだった。どうやらその日、店の周辺でマイカの姿を目撃したキャストが何人かいたらしい。ただ、マイカのインスタを久しぶりに覗いてみると相変わらず旦那とのキラキラ生活アピールは続いたままだ。だいたいSNSの写真は加工されているものだが、店長から聞いたマイカの姿からはとても想像がつかないほどきれいに写っている。一体、どっちが本当のマイカなのか?

 そんな中、噂話をしているとA子が、思い詰めたような顔で切り出した。

「あのフジタって全部ウソというか……別人というか……」

「えっ、どういうこと???」

 A子の話によると、A子が以前、別のキャバクラで勤めていたときにフジタに会っていたのを思い出したという。服装も自称する肩書もまったく違い、名前もフジタではなくオカダと名乗っていたという。

 だが、キャバクラで客が偽名を使うなんてよくあることで、仕事や服装の趣味が変わることもあるだろう。

「……でも、そのときも同じようにお嬢様系のキャストがその男と結婚して店をやめたんです。その後、そのキャストもふっつり連絡途絶えたんですね……で、考えたら『フジタ』ってその子の本名なんですよね」

■次々とキャストを餌食にする“プレデター”が今も……

SNS上では幸せなままのマイカ。だがそれも”犯人”のアリバイ工作の恐れが……

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 その後も、あーだこーだ話していたが、A子の話ではよくわからなく解決には至らなかった。ただ、なんとなく気味が悪かったので人に聞いてみることにした。たまに来て指名してくれる警察関係の人だ。

「あ~、それやってんな。背乗り、今どきは戸籍ロンダリングっていったっけ?」

「なにそれ、戸籍……ロンダリング?」

 警察関係の客の口から出たのは、結婚と離婚、再婚を繰り返したり、養子縁組を悪用して姓を変え別人になりすます、あるいは狙った家庭を乗っ取る「戸籍ロンダリング」という手口だった。

 最近であれば、2012年に発生した「尼崎事件」が記憶に新しいだろう。主犯格の角田美代子は養子縁組を悪用し複数の家庭を乗っ取り、洗脳、脅迫や金銭の強奪さらには邪魔になった”家族”を殺していたのだ。フジタもその戸籍ロンダリングを目的に婿養子としてマイカの家に忍び込んだのだとしたら……。

 A子の言う「フジタ=オカダ」の話が本当なら、そもそもキャバクラ嬢を餌食にするため、夜の街を徘徊していたということになる。様々な人間が行き交う繁華街には、こんな好青年の皮を被った人喰いのプレデター(捕食者)が紛れ込んでいてもおかしくはない。

 

 ただ、マイカのリア充SNSは幸か不幸かその後も続いており、今でもたまに通知が来る。だが、ひとつ気になるのは、ある時からマイカ自身の姿は一切映らなくなったことだ。果たしてマイカは今も幸せな結婚生活を送っているのだろうか。それとも、すでに現実のマイカは消されてしまったのだろうか……?