■無名なのにネットでは超有名な「世界一危険な島」

 読者の皆さんも一度は「北センチネル島」という言葉を聞いたことはないだろうか?

 

「世界で最も孤立した島」

「世界一危険な部族が暮らす島」

「近づけば命の保証はない立入禁止の島」

 

 などなど、おどろおどろしい脅し文句とともに、テレビのミステリー番組やネットの記事で見かけたことがある方も多いだろう。以前の記事でも紹介したが、CNNも「世界で最も危険な孤島7選」(注1)の一つとして、この北センチネル島を取り上げている。

注1/引用元:CNN2013年3月2日記事「世界で最も危険な孤島7選」

 

 簡単に概要を説明すると、北センチネル島は日本から遠く5000キロ以上離れたインド領・ベンガル湾に浮かぶアンダマン諸島(注2)の一つ。周囲約30キロ、面積約60平方キロと日本で言えば伊豆諸島の三宅島や沖縄県の久米島と同じぐらいの大きさの、珊瑚礁に囲まれた孤島だ。

注2/インドの行政区分では「アンダマン・ニコバル諸島」として政府直轄領となっている。

 

 同じインド洋でもモルディブのように世界的に有名なリゾートでもなく、「そもそもアンダマン諸島知らね」という方がほとんどとは思うが、ことネット世界において北センチネル島は最も知られた島かもしれない。ただし、「絶対に近づいてはいけない禁断の島」として……。

 

■島に上陸した者は皆殺し!? 世界で最も危険な島

インド沿岸警備隊が撮影したセンチネル族の写真

 北センチネル島が世界で最も危険な島として知られた理由は一つ。この島に暮らす先住民・センチネル族が外界との接触を一切拒み、島に近づく者は弓矢や槍で攻撃。なかには偶発的にあるいは”意図的に”上陸して殺された者も少なくないからだ。

 

 古くは古代ギリシアの地理学者プトレマイオスから『東方見聞録』で有名なマルコ・ポールまで、「人喰い人種」「近づいた者は皆殺しにされる」「最も野蛮な人種」「獣のような生活を送っている」「なんならアタマが犬の犬人間」などと、ほぼ化け物のような扱いで彼らのことを記録している(注3)

注3/正確には「センチネル族」をではなく、アンダマン諸島人全体を指しての記述と考えられる。

 

 もちろん、これらは伝聞を元にした記述でセンチネル族に(また、周辺のアンダマン諸島先住民にも)人喰いの風習があったという記録はない。ただ、北センチネル島に上陸した人間が襲撃され、なかには殺害される事件が過去に相次いだのは事実(概要は次ページの略年表を参照)。

 

 1960年代から90年代にかけては、インド連邦政府が「贈り物作戦」で島の住民と接触を図ろうとしたが断念。その間も島に近づいた人間が死傷する事件が相次いだことと先住民保護の観点から、島から3海里(約5キロ)以内は立入禁止とされ、現在も常にインド海軍と沿岸警備隊が警戒しているという。まさに政府公認の禁断の島なのだ。

 

■2018年「宣教師殺害事件」で世界に衝撃が走る

 そして2018年11月、「絶対に近づいてはいけない島」の名を決定的に広めた衝撃ニュースが、世界中に配信された。いわゆる「北センチネル島宣教師殺害事件」だ。

 

 中国系アメリカ人のジョン・アレン・チャウ氏(26)が布教を目的として11月15日、北センチネル島に上陸。11月17日、チャウ氏を島に案内した地元漁師が、海岸に埋葬されているチャウ氏の遺体を目撃した。前日の16日、リーフ(珊瑚礁)の外側で待機していた漁船に補給のため訪れた際に、チャウ氏は「島民に矢で射られたが胸元に構えていた聖書に当たって間一髪助かった」と証言し、事実上「遺書」となったメモを残していたという(ただ、この事件には数々の謎が残るので別の記事で詳細をお届けする)。

 

 2006年に密漁者が誤って島に漂着し、島民に殺害されて以来、12年ぶりに起こった惨劇。瞬く間に世界中にニュースは広まり、「無謀な若者の行動が悲劇を呼んだ」「先住民に感染症蔓延の危険を招く考えの足りない冒険」などと、亡くなったチャウ氏や彼を支援したキリスト教団体、さらにはチャウ氏の遺族までが非難の嵐に晒されることになる。そして同時に、「世界で最も危険な島」「近づいた者を必ず殺す野蛮な先住民」といったイメージが再び、世界中に広まることになってしまったのだ(注4)

注4/参考までに過去から現在までの北センチネル島/センチネル族との接触の歴史について表にまとめる。

 

 こうして”悪名”が広まってしまった北センチネル島と先住民・センチネル族だが、次ページからは彼らにまつわる数々の謎や、さらに、われわれ日本人との奇妙な繋がりについて見ていこう。