■ロックな天文学者、フレッド・ホイル

異端の科学者、フレッド・ホイル

/画像:ペルーの通信社「Andina(アンディーナ)」の記事よりhttps://andina.pe/agencia/noticia-un-20-agosto-nacio-astronomo-britanico-fred-hoyle-519588.aspx

 最後にフレッド・ホイルという天文学者を紹介したい。


 宇宙起源説はどこかの星でできた生命の材料が、隕石や彗星で地球に飛んできたというものだが、生命はたまたま生まれるほど単純ではないとホイルは考えた。


 読者の皆さんは「無限の猿定理」をご存じだろうか? 猿にタイプライターを与えると、猿はデタラメに文字を打つ。ただ、偶然に意味のある単語を打つこともあるだろう、HELLOとかGOODとか。だったら、もし無限の時間、猿にタイプライターを打たせたとしたら、シェイクスピアのたとえば「ロミオとジュリエット」を打ち出すかもしれない。
 ただし、確率だけで言えば猿はシェイクスピアの作品を打つかもしれないが、それは考えるだけ無駄だ。ありえるからといって、あるとは言えない。


 化学進化でアミノ酸ができたとしても、そこからタンパク質が作られ、さらに生物が生まれるまでには、猿がシェイクスピアを打ち出すほどの時間がかかる(ホイルは「廃材置き場の上を竜巻が通過した後で、ボーイング747ジェット機が出来上がっているのと同じような確率である」と言っている)。それはあり得ないと同じだ。


 フレッド・ホイルは生命に必要な酵素がアミノ酸から合成される確率を、10の4万乗分の1と見積もった。漢数字で一番大きな桁数である無量大数でさえ10の68乗なので、いかに大きな数字かわかる。
 地球で生命が生まれたのはおよそ40億~35億年前と言われているが、生命が生まれ、人類まで進化するには短すぎるのだ。

 

■ビッグバンはなかった!

ビッグバンに始まる宇宙のイメージ図。現在はこれが一般的な解釈だが……

/画像:NASA/WMAP Science Team, Public domain, via Wikimedia Commons

 現在、「標準的宇宙論」とされるビッグバン宇宙論によれば、宇宙が誕生して138億年とされている。しかし、フレッド・ホイルの試算に従えば、それだけの時間があっても生命誕生にはまったく足りない。無限の時間がないと生物が生まれないからだ。つまり、猿がシェイクスピアを完成させるだけの、ありえない長さの時間が必要なのだ。


 そこでホイルは定常宇宙論を唱えた。宇宙は138億年前に起きたビッグバンで始まったというのが一般的な宇宙論だが、ホイルは宇宙には始まりも終わりもなく、永遠にあるのだという。


 生物が生まれるために無限の時間が必要で、そのためには宇宙は無限の時間に存在してもらわないと困る、だからビッグバンはなく、宇宙は無限の昔から変わらずにあるはずだとホイルは言っているのだ。


 言っていることが本末転倒で無茶苦茶だが、現実に宇宙空間には有機物が溢れている。第1回で紹介した「ハレー彗星表面のウ〇コ」のように、宇宙を漂うチリをスペクトル分析するとほとんどが有機物だ。


 その中にはバクテリアや細菌、ウイルスも含まれるとホイルは言う。宇宙では生命の材料が作られるどころか、生命そのものが生まれ、それが地球へと降っているというのがホイルの主張である。


 ハレー彗星と大腸菌のスペクトルを比較(連載1回目を参照)したのは、ホイルの下で働く研究チームだ。彗星が生命を運んでくるという自説を検証するため、大腸菌を乾燥させて燃やし、大腸菌のスペクトルを測定、彗星のデータと突き合わせたのである。


 絶対真空の宇宙空間をバクテリアやウイルスが移動できるなどありえないと思うし、今のところ、隕石から有機物は見つかっても、ウイルスやバクテリアは見つかっていない。有機物ができる星はあっても、それが生物まで進化する環境は、銀河系では地球ぐらいしかないのではないか。


 しかしホイルにとっては話は逆で、絶対真空と絶対零度の環境だからこそ、バクテリアやウイルスはフリーズドライ化され、星々の間を移動するのに必要な何万年もの長期保存が可能になったという。生命を宇宙全体に広げるために、宇宙は絶対真空と絶対零度の空間らしい。話は逆だろうと思うが、ホイルにとって宇宙は生物のためにある。生物を生み出すために宇宙が作られているので、それで正しいのだ。

 

■インフルエンザも宇宙からやって来たのだ!

疫病は宇宙から降ってくるというフレッド・ボイル。インフルエンザも彗星や隕石が運んでくるのだという /画像:Shutter Stock

 さらに、ホイルはこう断言する。


 銀河系を含む宇宙全体は巨大な生命のネットワークで、彗星や隕石が大量の有機物や生きている微生物を星から星へと運搬し、地球にもそうした有機物や微生物、ウイルスが降り注いでいる。ダーウィンの進化論は間違っている、進化は宇宙から降ってくる微生物やウイルスの遺伝子がその星の生物に取り込まれて起きる。

 

 さらにホイルは、インフルエンザは彗星が運んでくると主張した。彗星とインフルエンザの流行が一致するというのだが、他の研究者は懐疑的だ。(なおホイルは狂牛病も宇宙から降ってきたと主張した。2001年に逝去したが、もし生きていたらコロナも宇宙からやってきたと言ったに違いない)。彗星の周期がわかれば、インフルエンザの予防に役立つとホイルは言う。

 

 あまりに異端の学説で、ホイルの主張を鵜呑みにする研究者はいない。宇宙から疫病がやってくるというのは、16世紀の占星術師が主張し、パスツールが細菌で感染症が起きることを証明したために全否定されて消え去ったものと基本的に変わらない。

 

 当時の占星術師は凶星である彗星が現れるとペストやチフスなどの疫病が流行ると言っていたのだ(ちなみに現代でも、コロンビア大学の地質学者ダラス・アボットは、彗星の粉塵が地球を覆い、日照時間を低下させてペストを流行らせたと考えている。これはウイルスが宇宙から降ってくるというホイルとは考え方がまったく違う)。


 しかし、ホイルの言うことにロマンはある。宇宙を結ぶ巨大な生命ネットワークが地球に生命をもたらし、その生命の種が人間へと進化したという宇宙観は、地球を宇宙と地続きの世界へと開く。


 かつて魔法と呪術の世界は、宇宙を巨大な人体と見立てた。巨大な宇宙と人間は本質的に同じだとするのが呪術の世界だ。だから占星術では星の動きで人生が左右されるし、手相に火星丘や金星丘といった星の名前が出てくるのだが、ホイルの宇宙観はそんな呪術の世界を彷彿とさせるのだ。


 私たちの細胞には宇宙が刻まれているのだ。夢のある話ではないか。