■「キング」と呼ばれた怪物チンパンジー

雄の成獣のチンパンジーは時に群れで百獣の王ライオンを捕食することも……

/画像:© Hans Hillewaert via Wikimedia Commons

 アフリカ大陸の西端に近いシエラレオネ共和国の森の中に、「キング」と呼ばれた巨大な殺人チンパンジーが棲んでいた。その名はブルーノ(Bruno)。2006年に30頭の群れを引き連れて電気柵から脱走し、人間を襲撃。現地の人間を惨殺し、現在も逃走中なのだ。

 

 幼い頃に密猟者に母を殺され、運よく保護された孤児のチンパンジー。人間に育てられ驚異的な能力を身に付けた末、復讐のため(?)人間を襲い、姿をくらまして「キング」と恐れられるようになる──まるで『猿の惑星:創世記』を思わせるような、ウソのような本当の物語を紹介しよう。

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■チンパンジーの生態

人間とほぼ同じため実験動物として利用されることも。写真は1961年に「類人猿初」の宇宙飛行したチンパンジーのハム

/画像:Public Domain via Wikimedia Commons

 そもそもチンパンジーはアンゴラ、ウガンダ、ガーナ、ガボン、カメルーン、ギニア、ギニアビサウ、コートジボワール、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、シエラレオネ、赤道ギニア、セネガル、タンザニア、ナイジェリア、ブルンジ、マリ共和国、南スーダン、リベリア、ルワンダなどアフリカ大陸に生息。

 

 オスの平均的な体長は85センチ、体重は40〜60キロ。握力は推定200キロで、人間(ヒト)とゲノム(全遺伝情報)を比べてみると、約98.8%が同じ。祖先は一緒で、700万年前に人間の祖先と別れ、独自の進化を遂げてきた、と考えられている。

 

 基本は木の上で暮らし、雌雄が含まれる群れを形成する。食生は雑食で、果実から昆虫動物類を食べることがある。チンパンジーは「子殺し」を行なう習性があり、その理由は判明していない。

 

 極めて知能が高く、訓練によって簡単な言語を習得でき、人間の4歳児程度の知能を持っている、とされる。人間に非常に近いため、動物実験に多く用いられてきた。

 

■成獣になると危険な猛獣に変貌する

幼い頃は愛らしいチンパンジーだが成獣になると人間を襲うことも……

/画像:Roland, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons

 成獣になるとオスは凶暴になり、人間を襲うこともある。歌手のマイケルジャクソンはバブルスと名付けた個体を飼育していたことで知られるが、個人宅での飼育は危険と判断され、成長に従って専用の飼育施設で余生を過ごした。

 

 日本では『天才!志村どうぶつ園』に出演した阿蘇カドリー・ドミニオンで飼育されている「パンくん」が有名だが、2012年に女性研修員に飛びかかり噛みついて怪我を負わせてしまい、事故後、人目につかない飼育舎で飼育された。

 

■怪物「キング・ブルーノ」の数奇な運命

2017年12月に撮影されたブルーノとされる写真。

/画像:Aram Kazandjian, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons

 さて、本題の「ブルーノ」の話に戻ろう。

 

 物語の発端は1989年。シオラレオネ共和国に暮らす会計士の男性、バラ・アマラセカランが首都・フリータウンから150キロ離れた小さな村で、衰弱しきったオスのチンパンジーの子どもを20ドルで購入した。

 

 当時のシエラレオネ共和国は、世界でも最貧国のレベルの貧困にあえいでおり、外貨獲得のためチンパンジーの密猟が頻繁に行なわれていた。そして、子供のチンパンジーを売却するために母子を捕獲し、商品価値の低い母親を殺してしまうことが一般的だったという。

 

 おそらく、後に「キング」と恐れられるチンパンジーも、密猟者の手で母を殺された一頭だったのだろう。チンパンジー保護区の会計担当もしていたアマラセカランは、そのチンパンジーをマイク・タイソンと戦った英国のボクサー、フランク・ブルーノにちなんでブルーノと名付け、妻と自宅で飼育した。

 

■驚異的な肉体と身体能力を身に付けたブルーノ

実は意外と筋肉ムキムキなチンパンジー。だが、怪物ブルーノはさらに規格外の、一般のチンパンジーに倍する肉体を誇っていた。

/画像:Public Domain via Wikimedia Commons

 その後、ブルーノはアマラセカラン夫妻の手厚い保護のもとすくすくと成長。当初は檻に入れず放し飼いをしていたが、2匹目のチンパンジーを引き取る際に庭に檻を設置。さらにその後、ブルーノも含め7頭のチンパンジーを飼うようになった。

 

 栄養状態がよかったせいか、ブルーノは一般的なチンパンジーの体格を遥かに凌駕する体長180センチ、体重90キロ超という巨体に成長。また、一般的なチンパンジーは骨格の構造上、前方にモノを投げるのが苦手なのだが、ブルーノは正確に石や糞を投げられる特異な能力も持っていた。

 

 しかも、幼い頃から人間と暮らしてきたせいか、高い認識能力も持ち、人間という種の性質や弱点を理解していたという説もある。こうした圧倒的な身体能力と知力、統率力でボスとして群れを配下に置いたという。

 

 1995年、飼い主のアマラセカランが、政府が土地を提供して設立されたチンパンジー保護施設の所長に就任。施設では97年までに24頭のチンパンジーが飼育されるようになった。なお、1991年から2002年まで、シエラレオネでは内戦が続いていた。この保護施設は物資を求める兵士たちに2度も襲撃されたが、なんとか被害を逃れることができたという。

 

■ブルーノ軍団の脱走と襲撃

チンパンジーの群れに襲われれば人間などひとたまりもない

/画像:Flickr de Dan Moutal https://www.libertaddigital.com

 ブルーノたちは2重のフェンスと電気柵に囲まれ、生育地内への出入りには複数の鍵がかけられていた。しかし2006年、ブルーノは鍵の開け方を覚えてしまったのか、ゲートの扉を開けることに成功し、総勢31頭のチンパンジーたちが集団で脱走してしまったのだ。

 

 ちょうどその頃、保護区から約3キロ離れた地点で米国大使館の建設が進められていた。下請け業者のアメリカ人男性3名と、現地民男性2名が車に乗って移動していたところ、脱走したチンパンジーの集団が襲撃。現地民男性の、メルビン・マンマー氏は指を3本噛みちぎられてしまった。

 

 さらに、ブルーノはこぶしで車のフロントガラスを叩き割り、運転手のイッサ・カヌー氏を車体から引きづり出し、すべての指を噛みちぎって切断。生きたまま顔面を食いちぎって殺害したという。ブルーノたちは米国人(白人)と現地民(黒人)を明確に区別して襲撃。これは幼い頃に母を殺した現地の密猟者(=黒人)を敵視していたせいでは? などと推測されている。

 

 なお、逃げたチンパンジーのうち、27頭は自発的にセンターに戻ったが、ブルーノを含む4頭は現在まで逃走中。ブルーノは現在に至るまで捕獲されていない(注1)。こうして、母の復讐のため(?)人間を襲い喰らった怪物級のチンパンジー・ブルーノの物語は、書籍『King-Bruno』(Paul Glynn/未邦訳)などによって有名になった。

注1/野生のチンパンジーの平均寿命は30歳程度と言われているので、80年代末生まれと推定されるブルーノはすでに死んでいる可能性は高い。