■新しい健康の考え方、サイコバイオティクス
サイコバイオティクスという新たな医療分野がある。この分野でキーワードになっている「脳腸相関」という言葉をご存じだろうか(英語ではThe Gut-Brain Axis、ガット‐ブレイン・アクシスという。カッコいい)。脳と腸が密接に情報交換を行ない、体の心のバランスを生み出しているという、最近流行の新しい知見だ。
漢方ではそれほどおかしな考え方ではなく、「病は気から」だし、韓流ドラマを見ていると胃がもたれるからとよく親指に針を刺すが、それも漢方特有の経絡(けいらく)の考え方だ。手足は体の縮図なので、内臓の異常は手足に痛みとなって表れる。
脳腸相関はそういう漢方の考え方に近い。腸には脳神経と非常によく似た迷走神経という神経網が張り巡らされ、脳へとつながっている。脳腸相関の捉え方では、腸内の細菌が腸のコンディションを左右し、それが脳に伝えられて代謝を変えるとする。脳と腸は連携して健康を維持しているわけだ。
そこからさらに、精神疾患や性格が一部の細菌や腸内細菌のバランスによって生み出されており、食事などで腸内環境を整えることが精神の安定に必須というのがサイコバイオティクス(まだ訳語がないが「精神微生物学」という感じだろうか)の考え方だ。
その範囲はうつ病、自閉症、アルツハイマー、慢性疲労、リウマチ、ガンなど非常に幅広い。さらに食べ物の嗜好や性格も腸のコンディションによって決まるらしい(※1)。病気はともかく、性格まで腸の中の微生物によって左右されるとは……。
※1 「The Gut-Brain Axis: Influence of Microbiota on Mood and Mental Health」(Jeremy Appleton Integr Med (Encinitas). 2018 Aug; 17(4): 28~32)
■“コミュ障”なのは腸内細菌のせい?
人間の性格まで腸内細菌に左右されるということは、コミュ障で人付き合いが苦手、集団行動がうまくできない、内向的、それも全部、腹の中の細菌のせいだとなる。実際、全部とは言わないけども、そういうことがあるらしい。
たとえば、腸内を無菌状態にして生まれた、腸内細菌ゼロマウスには社会性がないという。「社交性、社会的認知の欠陥、反復行動の増加などの自閉症のような特性も示している」(※2)というのだ。では社交的で積極的な、いわゆるリア充な性格は腸の中の細菌が生み出しているのか? そんな疑問を確かめるため、こんな実験が行なわれた──。
※2 「More than a gut feeling: the microbiota regulates neurodevelopment and behavior」(John F Cryan Neuropsychopharmacology. 2015 Jan;40(1):241-2.)
まず、遺伝的に同じ系統のマウスを用意する。一方は健康的な社会性のあるマウスで、一方は無菌状態で育てた自閉症的なマウスだ。その2匹の間で糞便移植、一方の糞便を一方に入れることをする。糞便は腸内細菌の塊なので、腸内細菌叢をそのまま移植することになり、移植された側の腸内環境が提供側と同じになる。
「ウ●コを移植するの!? ウエ~っ!!」
と思うだろうが、実はこれ脳腸相関がわかってから一般的になった治療法で、人間でも行なわれ始めている。慢性の大腸炎など重度の腸の病気も糞便移植で治るのだそうだ(※3)。そして健康な個体の糞便を無菌マウスに移植するとマウスの性格が一変、健康なマウスと同じように社会行動を行ない始めたという。恐るべきウ●コパワー。
※3 「The adoptive transfer of behavioral phenotype via the intestinal microbiota: experimental evidence and clinical implications」(Stephen M Collins Current Opinion in Microbiology Volume 16, Issue 3, June 2013, Pages 240-245)