■まるでSFホラーな寄生虫症の世界
皮膚の下でうごめく謎の存在……遂には人体を食い破り、あるいは脳を食い荒らす。SF映画に登場するエイリアンそのものな凶悪生物が、現実に数多く存在する──そう、寄生虫だ。
例えば、寄生した人間の体を象のように固く肥大化させるフィラリアや、宿主の人間の心臓を肥大化させ最悪、破裂(!)させるトリパノソーマ・クルージ。さらには、「pork tapeworm」という別名のとおり加熱し損ねた豚肉を食べて感染する有鉤条虫は、幼虫が脳に寄生し最終的に脳をスポンジのように食い荒らすことで知られている。
また、身近な日本の例では、よく話題に上るエキノコックスはここ20年でみても死亡例があり、戦国時代以前から戦前まで甲州(現在の山梨県)で、多数の死者を出した風土病と恐れられた日本住血吸虫症は、その名のとおり日本中の田んぼでよく見るタニシの仲間に潜む寄生虫が原因だ。
こうした寄生虫への対策の基本は、どこで卵を産み、どんな中間宿主を経て最終宿主に辿り着くのか? 幼虫と成虫の違いは? といった生態を解き明かすことだが、実は、発見から100年以上、生態がまったくの謎だった寄生虫が存在した。しかも、最初に発見されたのはこの日本なのだ。
■第一発見者は‟元祖カイチュウ博士”!?
その「謎の寄生虫」の存在が世界に報告されたのは、1905年(明治38)の東京だった。その前年、鼠径部ヘルニア(いわゆる「脱腸」)を患った33歳の女性が、東京帝国大学病院を受診。ただ、その2年ほど前から全身にニキビのような発疹や皮膚の硬化が広がる不可解な症状もあり、ヘルニアの原因も何らかの寄生虫症が疑われた。そして、検査をしてみると皮膚の下から全長1~8ミリほどの不気味な寄生虫が見つかったのだ──。
この時から約100年以上、世界中の研究者を悩ませ続けた「謎の寄生虫・芽殖孤虫(がしょくこちゅう)」が登場した瞬間だ。もはや字面からして凶悪な雰囲気を醸し出しているが、命名したのは謎の寄生虫を発見、報告した東京帝国大学教授で動物学者の飯島魁(いいじま・いさお)。東京大学を卒業後、ドイツに留学し最先端の生物学や動物学を学び、帰国後26歳の若さで教授となったエリートで、寄生虫のエキスパートだった。
少し話は逸れるが、飯島博士が単なる秀才ではないというエピソードがある。なんと、サナダムシの一種の感染経路を調べるため、自らサナダムシの卵を飲んで腹の中で飼っていたという。研究のためには自分の体で人体実験するマッドサイエン……もとい、熱い研究者魂をもった学者だったのだ。
自らの体内でサナダムシを飼育するといえば、2021年に亡くなった‟カイチュウ博士”こと藤田紘一郎(医学博士)が有名だが、実は、明治の世に‟元祖カイチュウ博士”が存在したというワケだ。
■不気味な生態から付けられたその名前
さて、燃えるカイチュウ博士こと、飯島東大教授による「芽殖孤虫」という名前、「真田紐に似てるからサナダムシ!」に比べると、文字の印象からすでに禍々しいものや、若干の中二病臭を感じる人もいるだろう。だがしかし、この名前、謎の寄生虫の当時判明していた生態を、的確に表現したものなのだ(さすが、元祖カイチュウ博士というところ)。
まず、「孤虫」というワード。感染者の女性の皮下からは無数の幼虫が見つかったのだが、成虫は見当たらなかった。しかも観察すると、幼虫のまま交尾(雌雄による性生殖)しないで増殖していることがわかった。つまり、「つがいにならず孤立した虫」ということ。
さらに、幼虫のままなぜ増殖できるのかというと、幼虫の体から芽がでるように分岐して新たな幼虫が誕生することも判明した。つまり「芽(のようなもの)で殖える」から芽殖ということ……と冷静に書いてみたものの「気持ち悪いいいいいい!!」。なんだよ、体から芽が出て分身するって!! B級ホラー映画のまんまじゃないか。しかも、それが体中で増殖するだなんて……悪夢以外の何物でもない。