前編では「サイコバイオティックス」という医療分野の最新研究を紹介しながら、腸内細菌や炎症と私たちの体と心の健康の意外に深い関わりについてみてきた。そこでこの中編では、日本人の15人に一人が必ず一度は罹る「現代の国民病」とも言われるうつ病と、腸内細菌や炎症の最新知見を紹介していこう。
■幸せホルモン不足でうつ病になる?
冬は日も早く落ちるし寒い。気分も上がらない。実際のところ、日照時間とうつには関係があり、日照時間が短くなる冬場はうつが悪化する。また、生労働省の発表では、令和2年度のうつ病患者は国内に172万人。40~50代が発症しやすいので、お父さんたちは要注意だ。
読者の皆さんも、うつ病は頭の病気だと思うだろう。いままでの理科や保健体育の教科書では、こんな発症の仕組みとして紹介してきたはずだ。
強いストレスを受けた人は、脳神経が興奮して限界を超える。人間には戦闘モードの交感神経とゆったりリラックスの副交感神経があり、この2つがうまく切り替わりながら正常な状態を作るのだが、あまりのストレスに交感神経が働きすぎ、ついにはオーバーヒートを起こす。それがうつ病だ。
では、そのオーバーヒート状態をどう修復すればいいのか? そこで登場するのが“幸せホルモン”と呼ばれるセロトニンだ。セロトニンは副交感神経を活性化させる。交感神経と副交感神経はセットで動くため、無理やりでも副交感神経を活性化させれば、交感神経の興奮は収まり、うつ状態は改善するという仕組みだ。そのため、現在の抗うつ剤の多くにはセロトニンを増やす働きをもたせているわけだ。
■セロトニンは95%が腸内で生み出される
この幸せホルモンであるセロトニン、なんと95パーセントは腸で作られている。腸内の神経叢にはセロトニンの合成と受容体があり、脳がストレスを受けると「セロトニンを作れ」という指令が出て、腸でセロトニンの合成が始まる。つまり、セロトニンは腸を動かすのだ(もちろん、脳でもセロトニンは合成されるが、その割合が5%に過ぎないということ)。
緊張するとご飯ものどを通らなくなるが、ああいう緊張状態をゆるめるために腸を動かし、消化活動を活発にして、
「お腹すいたよね、ご飯食べてゆっくりして緊張するのをやめよう」
と体をリラックスムードに持っていくわけだ。
ただし、このセロトニン信号が出すぎるとお腹を壊す。過敏性腸症候群という、大腸がおかしくなり、ガスがたまったり腫れたり、便秘や下痢が続く難病がある。治療法がなく大変治りにくい病気なのだが、その原因の一つはセロトニンが出すぎることらしい。
■「なぜ、抗うつ剤が効くのか」の落とし穴
長年、うつ病はストレスで交感神経が暴走という構図に誰も疑問を抱かず、うつ病の人には抗うつ剤が、ゴホンとしたら龍角散のように処方されてきた。代表的なものにSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)というものがあるが、これも名前のとおり先述の幸せホルモン・セロトニンに関わるものだ。
「セロトニンを選んで、もう一度取り込むのを邪魔するってどういうこと? ややこしくない?」
と思う方もいるだろう。確かにややこしいのだが、簡単に説明するとこうだ。
まず、脳神経と脳神経のつなぎ目には隙間が空いていて、そこでセロトニンをはじめ、さまざまな化学物質をやり取りしている。で、SSRIは一時的に、セロトニンを受け取る側(=受容体)に蓋をする。そうなると行き場を失ったセロトニンは神経のすき間に溜まり、薬が効果を失って蓋が開くと神経に大量に流れ込む。これによって脳のセロトニン濃度を上げ、副交感神経が優位な脳に持っていく──これが抗うつ剤SSRIの仕組みだ。
だが、最近になってこうした「抗うつ剤が効く」仕組みがどうも違うらしいことがわかってきた。うつ病の原因はセロトニンとは関係なく、炎症らしいのだ。これを「サイトカイン理論」といい、うつ病の人は全身に軽い炎症が起こっているのだという。