■植物は「全身が目」だった!?
植物には目がある! 意味がわからないと思うが、本当だ。アサガオにも桜の木にも目があるのだ。一体どこに?
1905年、オーストリアの植物学者、ゴットリーブ・ハーバーラントは植物の表皮には、人間の目の角膜と水晶体にあたるレンズ状の器官があり、表皮下にある細胞へ光を集めることを発見した(※3)。表紙の下にある細胞は光に反応して、化学物質を出す。この細胞が人間の目でいう網膜に相当する。
※3「Algal Ocelloids and Plant Ocelli」(Felipe Yamashita Plants 2023, 12(1), 61)
つまり植物は表面がすべて目で覆われているのだ。そして光を全身で感知する。想像すると妖怪のようでゾワゾワするが、植物が目を持つ単細胞生物の集まったものだと思えば、わからなくもない。
原始的な藻類のシノアバクテリアは、細胞全体がレンズとなり、細胞の内側の光受容体に像を結ぶという仕組みを持つ。シノアバクテリアは一つひとつが非常に単純な目になっているのだ。
シノアバクテリアは陸上の植物の祖先であり、彼らが形を変えて今の植物へと進化したことを思えば、目に相当する機能が植物の全身にあってもおかしくはない。それに全身で光を感知できないと、茎や芽が光のある方に成長したり、根が光から逃れて土の中へ伸びたりできるわけがないのだ。
この植物の目、意外と解像度が高いようで、ハーバーランドらが植物の表皮のレンズ構造を使って撮影した顕微鏡写真には、人物像がくっきり浮かび上がっている。
ロシアの国立光学IT機材大学は当時の写真を再現したものを公開している(※4)。ぼんやりとでも外界の映像は像を結んでいる。植物は太陽の向きだけではなく、動物が来たかどうか、虫が自分のどのあたりにいるのか、といった周りの状況も判別できるのかもしれない。
※4「Plant Vision: Art & Science Students Study Sensing in Plants」(ITMO/NEWS 8 June 2021, 15:48)
■匂いで仲間に警告する驚くべきトマトの能力
ただし、動物に比べると植物の目の機能は低い。先ほど紹介したように、明るさと物の輪郭がわかるぐらいだ。生存に関わる音を聞き分けることはできるが、音楽と地面の振動は区別できない。植物には「目」の機能も「耳」の機能もあるが、どちらも非常に原始的だ。
代わりに植物は鼻 が利く。そして匂い物質を分泌、さまざまに利用する。植物は香りに関する感覚が鋭いのだ。犬が草むらの匂いを嗅ぐように、動物は体臭や排泄物でコミュニケートし、発情期には匂いで異性を引き付ける。しかし植物は、そのはるかに上を行く。
京都大学や静岡大学などの研究で、トマトは天敵であるハスモンヨトウに食べられると、お茶や野菜に含まれる、いわゆる「青臭い匂い」の素である「青葉アルコール」を分泌し、この特有の匂いで周囲のトマトに警戒するように伝える能力をもっていることが判明した。
■「これで仇を…」と殺虫剤を配布するトマト?
さらに、トマトの能力はこれだけではなかった。青葉アルコールを受け取ったトマトは、酵素の働きで青葉アルコールを「青葉アルコール二糖配糖体」という物質に変換する(※5)。
※5「植物間コミュニケーションの仕組みを解明―受容した香りを防御物質に変える遺伝子発見―」(京大リリーズ、出典はKoichi Sugimotoほか Nature Communications, 14:677)
この「青葉アルコール二糖配糖体」という舌を噛みそうな名前の物質は、ハスモンヨトウの幼虫の成長を抑制し、卵から孵化したての幼虫の生存率を低下させる作用がある。いわば天然の殺虫剤だ。つまり、虫に食べられたトマトは警告するだけでなく、
「オレは喰われたけど……お前たちはこれを使って身を守れ!」
と周囲の仲間に殺虫剤の材料を配るわけだ。ゾンビ映画では仲間を裏切って自分だけ助かろうとする人間が出てくるが、ああいう連中はトマト以下なのだ。
さらに植物の中には、自分を食べている虫の天敵を呼んで退治させるクレバーなやつらもいる(※6)。
※6「植物の香りを用いた新しい害虫防除法-植物の香りで特定の天敵を誘引し、標的とした害虫の発生抑制に成功-」(名城大学リリース)
キャベツなどアブラナ科の野菜を食べるコナガは、幼虫に寄生するコナガサムライコマユバチが天敵だ。コナガに葉を食べられ始めると、アブラナ科の野菜はベンジルシアニドなどの揮発成分、つまり「香り」を分泌する。そして、この香りでコナガサムライコマユバチを呼び寄せ、コナガの幼虫はコナガサムライコマユバチに卵を産みつけられて死ぬ、というカラクリだ。