■子どもを生んで姉の誤解を解いたスサノオ

太陽神なので基本的にどこに現れようと後光(?)がまぶしいアマテラス。周りの人はたいへんだ……。

 ドスドスと世の中を響かせながら天に昇ってくる大男。そんな弟を戦装束で迎え撃とうとする姉。だが、弟のスサノオは、姉であるアマテラスの治める高天原(たかまがはら)を支配する気など毛頭ない、と弁明し、誓約(うけい)で子どもを生むという──。

 

 ここまでが、前回のエピソードである。

 

 こうしてアマテラスとスサノオは天の安河(あまのやすのかわ)を挟み対峙。まずアマテラスは、スサノオの持つ剣を受け取って三つに折ってかみ砕く。吐き出した息からは三柱の女神が生まれた。

 

 次にスサノオは、アマテラスの髪に巻いていた玉の緒(勾玉を通した首飾り)を受け取り、やはりガジガジとかみ砕く。そして吐き出した息から生まれたのが五柱の男神だった。剣だの首飾りだのをバリバリかみ砕くとは姉弟ともに歯の丈夫さは、さすが神様というところか。

 

 アマテラスは「わたしの持ち物から生まれたのだから、男神はわたしの子ども。お前の持ち物から生まれたのだから、女神はお前の子」といい、「女神が生まれたのだから、お前の潔白は証明されたわね」と告げる。

 

 ただ、この誓約の話は、『古事記』と『日本書紀』で、大きく異なる。『日本書紀』では女神ではなく、スサノオの剣から男神が生まれたとしているのだ。

 

 

■なぜか日本書紀と古事記で食い違う描写

首飾りを噛み砕いて吐いた息から神様が誕生って……もはや意味がわからないぐらいすごいスサノオ。

画像:歌川国輝,PD,Wikimedia Commons

『日本書紀』にはスサノオが、「男の子が生まれたら、わたしの心は清らかです」との宣言をしたとあるが、『古事記』にそのような記述はない。また、潔白の証明についても『古事記」では「女神を生んだからスサノオは潔白」と男女が逆転している。

 

 剣から女神が、勾玉の緒から男神が生まれたのはどちらも同じだが、『日本書紀』では実際に生んだことに重点を置いている。つまり、スサノオは男神を生みアマテラスは女神を生んだこととなっている。ただ、それぞれの子どもの親権は持ち物の所有権に準ずる、とアマテラスが決めたのは同じ。しかし、『日本書紀』第六段のなかには、剣と勾玉の緒を交換していないとする一書もある。

 

 ここでも、『古事記』と『日本書紀』の描写の違いが出てくるが、その理由については、後日まとめて説明したい。

 

 

■編纂者が配慮した? 姉と弟の近親相姦描写

 

 ──と、その前に……。

 

 剣と勾玉の緒を交換したとする場合、これにはかなりエロチックな理由が隠されている、とする説がある。それによれば、剣はスサノオの男性器を表し、勾玉はアマテラスの卵子を示しているという。すなわち、アマテラスとスサノオは、イザナギとイザナミのようにセックスで子どもを生んだとするのだ。姉と弟の近親相姦である。

 

『古事記』も『日本書紀』も、もともと存在していた資料や古くからの伝承を参考にした部分が多い。それらには姉弟の淫らな描写も残されていたかもしれないが、『古事記』は太安万侶(おおのやすまろ)が元明天皇に献上した歴史書であり、『日本書紀』は皇族である舎人親王(とねりしんのう)が中心となった「正史」である。

 

「いくらなんでも、国の正史に近親相姦はいかがなものか」

 

 と、編纂スタッフの配慮があったと考えられなくもない。

 

■かばうアマテラス・やりたい放題のスサノオ

、

こんな目つきの悪い感じで描かれたスサノオも存在。

画像:葛飾北斎,PD,Wikimedia Commons

 ともかく、スサノオの疑惑は晴れた。アマテラスも、

 

「疑ってごめんね。でも、お前も悪いのよ。ヒゲもじゃの大男が突然現れたら、だれだって警戒するわよ」

 

 と詫びの一つも入れたであろう。これで一件落着と思いきや、アマテラスの思惑は大きく外れてしまう。スサノオは根の国に行くどころか高天原にとどまり、しかも誓約の勝利に乗じて乱暴なふるまいをする。

 

「オレを疑って子どもまで生ませやがって、高天原なんかめちゃくちゃにしてやる!」

 

 そう思ったのかどうか、アマテラスの耕す田んぼの畔(あぜ)を壊して溝を埋め、今年の収穫を感謝し、来年の豊作を祈願する大事なお祭り「新嘗祭(にいなめさい)の新穀を食べる神殿に大便をまき散らすなど、やりたい放題。

 

 

■遂にスサノオが衝撃事件を起こし…

 

 ただ、アマテラスには安易に弟を疑った負い目もあって、

 

「ウンコは飲み過ぎてリバースしようとしたとき、間違って出しちゃったのよ。田んぼをつぶすのは、土地を広くしようと思ってしただけのこと。ああ見えていい子なのよ、弟は」

 

 とかばう。まあ、現代でもこんな無理筋でグレた子どもをかばう親御さんいますよね……ろくな結果にならないんですけど。

スサノオが皮を剥いで投げ込んだ「天の斑馬(あめのふちこま)」には様々な説が。 画像:PD,Wikimedia Commons

 案の定、そんなアマテラスの気持ちもつゆ知らず、スサノオの乱暴狼藉はますますエスカレート。B級ホラー映画も真っ青な衝撃事件を起こす。神様の衣を作る神聖な機屋(はたや)に穴をあけ、皮をはいだ馬の死体を放り込んだのだ! しかも、これに驚いて飛びあがった機織娘は、横糸を通す道具である「杼(ひ)」が女性の大切な部分に突き刺さって死んでしまったというのだから、エログロもいいところだ。

 

 これには、さすがのアマテラスもスサノオに恐怖と憤りを覚えた。

 

「もう、あいつは手に負えない。もう、勝手にすればいいじゃない!」

 

 そう吐き捨ててアマテラスは、「天岩戸(あまのいわと)という洞窟のなかに、引きこもってしまったのである。

 

後編へつづく

 

【参考資料】
『古事記(上)全訳注』次田真幸・訳注(講談社学術文庫)
『日本書紀(上)全現代語訳』宇治谷孟・翻訳(講談社学術文庫)
『「作品」として読む古事記講義』山田永・著(藤原書店)
『古事記講義』三浦佑之・著(文春文庫)
『本当は怖い日本の神様』戸部民夫・著(ベスト新書)
『神道入門 日本人にとって神とは何か』井上順好・著(平凡社新書)