■日本人にはピンとこない「悪魔崇拝」だが
「悪魔崇拝」と聞いても、日本で暮らす(しかも非キリスト教徒の)読者の皆さんにはピンとこないだろう。ただ、陰謀論に興味のある方だと、「世界をウラで支配している連中は……」という文脈で、必ずと言っていいほど悪魔崇拝というキーワードが出てくるのを見かけたことがあるかもしれない。
実際、以前に公開した「エプスタイン島事件」に関する記事(前編・後編)で名前の挙がった世界のセレブたちは軒並み「悪魔崇拝者」で、子どもたちを虐待し、殺人や人肉食に手を染めているなどとネット上で書き立てられている。
「事件に関わった連中がクソなのは確かだけど、悪魔って言われても……」
と日本の読者はキョトンとするところだが、海の向こうでは「やっぱりそうか!」と納得する方が少なくないようだ。確かに過去には「ヘルファイアクラブ(地獄の火クラブ)」という、18世紀イギリスに実在した秘密結社で「貴族が乱交や悪魔崇拝を繰り広げていた」と政治スキャンダルとなった。ただこれも真相は怪しく「ウェ~イ、俺たち悪魔なんか拝んじゃうぜ」というバカなセレブの悪ふざけの可能性もある。
それに対し、現在、欧米のネット空間で飛び交う「上級国民どもは悪魔崇拝者だ」というヒステリックな批判はより深刻なものがある。ある意味、それほど欧米では悪魔崇拝が“すぐ隣にある危険”としてリアルに感じられているのだ。では、現代の特にアメリカで、いつから悪魔崇拝がリアルな危険として認識されるようになったのか、歴史を振り返っていこう。きっかけはアメリカがもっとも勢いがあった80年代だった──。
■輝ける80年代アメリカの裏側で…
1980年代、アメリカは輝いているように見えた。長髪を振り乱すヘヴィメタルのバンドが大活躍し、マドンナ、マイケル・ジャクソンなどポップスターがテレビで歌って踊っていた。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ダイ・ハード」「トップ・ガン」「グーニーズ」「ターミネーター」など、現在でも愛される名作映画が数多く誕生し、世界中に夢と希望を与えていた。
全世界の若者にとって憧れであり、政治経済でも文化・エンタメでも世界のリーダーとして君臨していた80年代のアメリカ。だが、NASAがスペースシャトルをバンバン打ち上げ宇宙開発にも邁進と、科学の面でも最先端を走っていたその国で、中世顔負けの「サタニック・パニック」が起こっていたのだ。
まず大前提として、アメリカは国民の約80%がキリスト教徒とされる。ダーウィンが提唱した「進化論」はもはや自然科学の常識となっているが、「万物は神が創造した」というキリスト教の教えと矛盾するため、2024年の現在でもアメリカ人の10人中4人が進化論を信じていないという。そんな国で「悪魔(サタン)」「反キリスト」という言葉がどれだけショッキングか、おわかりいただけるだろう。