■悪魔崇拝者が子どもたちを虐待している!?
1980年代初頭、アメリカでは、
「社会の暗部に悪魔崇拝者(サタニスト)が蔓延していて、密かに子供達を性的・肉体的に虐待している」
という認識「悪魔的儀式虐待」(Satanic Ritual Abuse, 略称: SRA)が広まり、音楽や映画など、メディアに対する過剰反応が引き起こされた。特に反体制や反社会の象徴として悪魔をモチーフに使うヘヴィメタル音楽やホラー映画、ゲームなどはサタニズムを美化する危険な存在として、一部の保守派や宗教団体などから激しい批判を受けることになった。
レコードが廃棄されたりコンサートが中止になったが、この過剰反応はのちに、社会的なパニックであったことが明らかになり、現在は「サタニック・パニック」と呼ばれている。
■米・ユタ州議会が動き出すものの…
特に、モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)の熱心な信者として知られたタレント、ケント・デリカットなどの出身地として有名なユタ州での顛末は典型的なものだった。「悪魔的儀式虐待」(SRA)を糾弾する活動で知られた有名セラピスト、バーバラ・スノーなどの影響により、悪魔的な儀式を行なう集団の存在と、その虐待行為に人々が怯える社会的なヒステリー状態が引き起こされたのだ。
例えばSRAの容疑者として告発され有罪判決を受ける者が続出したのはもちろんのこと、容疑者を弁護した者まで共犯者と見做されるなど、80年代から90年代にかけて「悪魔崇拝者狩り」が横行した。実際、後にサタニック・パニックについて研究した心理学者や社会学者は、このパニック状態を中世の魔女狩りや1950年代アメリカで吹き荒れた「赤狩り(マッカーシズム)」になぞらえた。
そして事態は遂に州政府を巻き込むことになった。ただ、1991年にユタ州議会が25万ドル以上(現在のレートで4000万円弱)の費用をかけて数百人の被害者とされる人々に聞き込みを行なったが、「悪魔的儀式虐待」(SRA)の存在を裏付けるような証拠は得られなかった。つまり、人々は「サタニストが存在する」という噂を信じこみ、怯えてしまっていただけだったのだ。
パニックが起こったきっかけとしてはいくつかの原因があった。続く第2回では、サタニック・パニックがが起こった背景と、最大のきっかけとなった「ある1冊の本」について見ていこう。