■スサノオの統べる「異界」へ逃亡したオオナムチ
兄神たちの策略によって、九死に一生を得るどころか、二度も殺されてよみがえったオオナムチ(後のオオクニヌシ)。それでも兄神はオオナムチを亡き者にしようとする。そこでオホヤビコの指示を受け、紀国(きのくに)から根之堅洲国(ねのかたすくに 注1)へ逃げ込んだのだった──ここまでは前回のお話。
注1/黄泉の国とも地底あるいは海の彼方にある異界ともされる、スサノオの支配する国。
そんなオオナムチが「大国主命(おおくにぬしのみこと)」に名を改めたのは、根之堅洲国を支配する、あの暴れん坊神・スサノオの命によるものだ。ここから、オオナムチからオオクニヌシへと名乗りを変えるに至った経緯を見ていこう。
きっかけは一つの運命的な出会い。根之堅洲国へ赴いたオオナムチを出迎えたのは、スサノオの娘の須勢理毘売命(すせりびめのみこと)だった──。
■出会ったばかりですぐに結婚!
スセリビメはひと目見てオオナムチを気に入り、その場で結婚してしまう。最近は、マッチングアプリで知り合って、実際に会う前に結婚の約束を交わすカップルもいるそうだが、それに勝るスピード婚である。
順序が逆になってしまったものの、婚姻契約を結んでしまったスセリビメは父神のスサノオに「すごく立派な神がいらっしゃったの。もう、結婚もしちゃった♪」と報告。
当然、娘を溺愛するスサノオは気に入らない。
「そいつはアシハラシコヲというやつだ。とにかく一度会わせろ」
と告げる。アシハラシコヲは漢字で書くと葦原色許男。色許男は「醜男」とも書き、スサノオの悪意が見て取れる。「いとも簡単に娘をたぶらかしおって」といったところか。
「その男が、どこまで肝の座ったヤツか見極めてやる!」
そこでスサノオは、ヘビのいる部屋でオオナムチを休ませることにしたのである。
■献身的に尽くすスセリビメ
父親が結婚に反対で、愛する人をヘビにかませようとしていることを知ったスセリビメは、ヘビを遠ざける布(注2)をオオナムチにわたす。
注2/『先代旧事本紀』などで饒速日(にぎはやみ)に下されたと記される「十種神宝(とくさのかんだから)」のひとつ「蛇比礼(へびのひれ)」との関連を指摘する研究者もいる。
「ヘビが食いつこうとしたら、この布で追い払って」
恋を知った乙女は、親の気持なんか気にも留めない。好きになれば、周囲の意見も聞かずに一途となる。まるでホストに入れ込むギャルのように。
オオナムチは、スセリビメにいわれた通りヘビを布で追い払うと、ヘビはおとなしくなる。そのまま熟睡し、翌朝、オオナムチは平然と部屋を出てきた。
「なかなか、やるじゃねえか」
と、少しは認めたかもしれないが、いまはおとなしくなったといっても、かつては高天原で大暴れしたこともあるスサノオだ。ちょっとやそっとじゃあきらめなかった──。