■アメリカ中で「ゾンビ」を生み出すドラッグ
ここ数年、「ゾンビタウン」として知られるようになったのがアメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィアのケンジントンストリート。街にたむろする薬物中毒者たちのゾンビのような姿を撮影した動画がSNSや動画サイトを通じて大きな話題を集めた。
電脳奇談読者の皆さんも、こんな動画を目にしたことがあるのではないだろうか──。
そして、この「ゾンビタウン」生み出すなど、全米で蔓延している新種のドラッグが「フェンタニル(Fentanyl)」だ。一部報道では全米で年間11万人もの死者を出したとされ、アメリカの新たな社会問題となっている。
このフェンタニルをはじめとする「合成オピオイド」汚染は、日本で暮らす私たちにはピンとこないだろうが、プリンス、マイケル・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、ヒース・レジャーなど多くのスターたちの突然の死は、合成オピオイドの過剰摂取が原因とされる。
また、タイガー・ウッズもオピオイド依存症だったことを告白した衝撃ニュースを覚えている方もいるだろう。さらに、アメリカらしいエピソードだが、世界中でも人気の子供番組『セサミ・ストリート』には「親がオピオイド中毒」という設定のキャラクターまで登場している。それほど「すぐそばにあるドラッグ禍」というわけだ。
■ヘロインの50倍で即効性が抜群!?
ドラッグといえば、ヘロインやモルヒネなどを思い浮かべる人もいるだろうが、フェンタニルはなんと、ヘロインの50倍、モルヒネの100倍の効力(主に鎮痛効果)があるという強力なもの。しかも、非常に即効性があり、いわば「早くてすごく効く」ドラッグなわけだ。その反面、致死量はわずかに2mgで、少量で過剰摂取を引き起こす可能性がある。
ここまで「ドラッグ」と呼んできたが、正確に言えばフェンタニルは本来医療用に開発された鎮痛剤だ。フェンタニルをはじめとする「オピオイド」もまた、本来の意味では「麻薬性鎮痛剤」で、処方箋さえあれば薬局で入手できる。そして、この「誰でも簡単に手に入れられる」という点が、オピオイド汚染を深刻化させている要因だとされている。
“いけないおクスリ”にちょっと詳しい読者の皆さんなら、言葉の響きからもうお気づきと思うが、オピオイドの語源は「オピウム(Opium)」つまりアヘン(阿片)だ。簡単に説明すると、ケシの実の汁を樹脂にしたものが「アヘン」。そこから鎮痛成分を抽出したのが「モルヒネ」。このモルヒネから作られたのが半合成オピオイドの「ヘロイン」。アヘンやモルヒネの“効く”システムを分析して、化学的に合成したのがフェンタニルなどの「合成オピオイド」というワケだ。
ちなみに、ヘロインも元々は「モルヒネより危なくなくて、よく効く咳止め薬」として開発されたそうで、当初はモルヒネ中毒を解消するために使われたという。結局、モルヒネよりヤバいドラッグとして蔓延してしまったのだから皮肉な話。フェンタニルもこの歴史を繰り返しているのだ。
■全米では年間11万人がオピオイドで絶命!?
そして、化学的に合成できることからフェンタニルは比較的安価なのも特徴。そのため、ヘロインやコカイン、メタンフェタミンなど他のドラッグに混ぜられて販売されていることがある。
このドラッグでキマると、固まった姿勢のまま何時間も動きが止まってしまう。重度の中毒者は全裸で街を徘徊し、奇声を上げるなどの行動に出る。結果として街はゴミだらけ、糞尿が垂れ流されて異臭が漂い、注射器の針が散乱する……まるでゾンビ映画の世界そのものだ。
米国では新型コロナの感染拡大で失業者が増えるなど社会にストレスが貯まり、フェンタニルの流行が拡大。オピオイドによって年間11万人が死亡し、67人に1人がオピオイドの過剰摂取で死亡する。これは自動車事故や自殺などより高い数字となっている。
フェンタニルの流行はアメリカだけでなく、カナダのバンクーバー、ヘイスティングストリートでも同様の光景が広がっている。