■人間は夢を見ている時に学習する?
さらに2020年 、「睡眠学習はできます!」と発表したのがスイスのベルン大学心理学研究所のチームだ。(※3)
※3「Learning During Sleep: A Dream Comes True?」(Trends Cogn Sci. 2020 Mar;24(3):170-172)
寝ているあいだに日本語とその翻訳(たとえば「本、ブック」「犬、ドッグ」)をテープで流し、翌日、起きている時に試験をしたら、適当に回答して正答する確率50パーセントを10パーセント上回った。睡眠学習の効果で10パーセントも正答率が上がったのだ!
ちょっと待て。10パーセント? たったの? 期待していた成果と違うんだけど……ないよりはマシか。
ベルン大学のチームはこの実験を通じて、寝ている時には睡眠学習に適した時間があることを発見した。まず、睡眠には夢を見ている「レム睡眠」と夢も見ない深い眠りの状態「ノンレム睡眠」の2種類があり、これが交互に来る。そして、このうちレム睡眠の時にしか睡眠学習は起こらないらしい。
さらに、レム睡眠のあいだにも小さな周期があり、脳神経が活発に動くアップフェーズと神経が動かなくなるダウンフェーズの2種類があるという。睡眠学習はこの「レム睡眠のアップフェーズ」でしか働かないのだそうだ。
睡眠学習はたしかにある。だが、使える時間はレム睡眠でかつアップフェーズ中という限られたものだ。単語を覚えるにしてもちょっと正答率が上がる程度で、試験勉強に使えるかというと難しい。
■睡眠学習で禁煙に成功!?
じゃあ何に使えるのかと言えば、たとえば禁煙。
喫煙者にタバコの匂いと一緒に生ごみのような不快な匂いをひと晩嗅がせると、タバコ=不快な匂いが記憶され、翌日から数日間、タバコを吸う本数が30本以上減ったのだそうだ。しかも対照実験として、起きている時に同じようにタバコの匂いと嫌な匂いを嗅がせたが、こちらは効果がなかった。
つまり、睡眠学習に向いているのは外国語学習ではなく、PTSDや依存症の治療などであって、いわゆるお勉強には向いていないということだ。たとえばパチンコ依存症の人は、寝ているあいだにパチンコのジャラジャラ音と生ごみの匂いをセットで流してやれば、パチンコ嫌いになるかもしれない。
■記憶は睡眠中に脳に刻まれる
ここまで見てきたように、睡眠学習は「勉強」には役に立たない。ただし、睡眠そのものはめちゃくちゃ勉強や学習の役に立つ。なぜなら、睡眠中に脳の神経が成長し記憶が定着するからだ。
2020年の筑波大学による研究によると、夢を見るあいだに脳神経が再生し、記憶を定着させることがわかった。(※4) つまり、眠らないと記憶が定着しにくいのだ。
※4「睡眠中の脳の再生能力が記憶を定着させる」(筑波大学リリース 2020年6月4日)
たとえば読者の皆さんも、練習中にできなかった動きが一晩寝たらできたり、どうしても覚えられなかった数学の公式が翌朝にはスッと出てくるといったことは経験があるだろう。これは思い込みでもなんでもなく、運動や勉強で覚えようとしたことは、眠ることで脳に刻まれるのだ。
■短時間の昼寝でも成績30%アップ!
2006年、ニューヨーク市立大学で男女29人を対象に、短時間の昼寝が記憶の定着に影響するかどうかが調べられた。(※5)
※5「A daytime nap containing solely non-REM sleep enhances declarative but not procedural memory」(Neurobiol Learn Mem. 2006 Sep;86(2):241-7.)
単語の記憶テストを行なった後、平均47分間の昼寝をしたグループと昼寝をしなかったグループに分け、再テストを行なった。すると、驚いたことに昼寝をしたグループのほうがおよそ3割も成績がよかったのだ。
ドイツのデュッセルドルフ大学の研究で、6分間という短時間睡眠でも記憶力が向上することがわかっている。(※6) 睡眠学習で語学を習得することはできないが、語学の勉強をしたら、短くてもいいのでちょっとでも眠ると単語をたくさん覚えることができる。
※6「An ultra short episode of sleep is sufficient to promote declarative memory performance」(J Sleep Res. 2008 Mar;17(1):3-10.)
試験勉強をしたら、徹夜で試験に挑むのではなく、必ず眠ること! 短くてもいい、眠れば成績が上がる。もちろん同じだけ勉強した場合に限る。勉強もしないでグースカ寝たほうが成績が良くなるなんてことはありえないので、そこんところよろしく。
次回中編は「動物はすべて眠る」というお話。タコもクラゲもみんな眠るのだ。